【日本文化略知一二】日清・日露戦争と日本帝国主義(下)
今天继续为大家推出 “日清・日露戦争と日本帝国主義”,其实我们在阅读的时候可以尝试积累单词,开篇的“露”字就非常有意思,大家知道这是什么意思吗?
日露戦争は薄氷の勝利であったとはいえ、アジアの小国日本が世界の大国ロシアを破ったというニュースは、日本人は言うまでもなく、19世紀以来、ヨーロッパの列強の侵略に悩まされてきたアジア諸国の人々を驚喜させた。独立後最初のインド大統領となったネルーも「日露戦争での日本の勝利は、アジアの民衆に民族独立への大きな希望を与えた」と書いている。ところが、日韓併合など、日本がその後にとった行動は、ことごとくアジア民衆の希望を裏切るものだった。日本はヨーロッパ列強諸国と手を結び、アジア支配に加わったのである。まさに「脱亜入欧」である。これを知ったネルーは、「しかし、気がつくと、それは希望を与えたのではなく、飢えた狼をもう一匹増やしただけであった。」と書き添えている。
日本政府は日清戦争で得た賠償金をもとに金本位制を確立し、1901年に鉄鋼生産のために官営の八幡製鉄所が操業を開始し、兵器、造船など諸産業発展の基礎を作り上げた。こうした産業革命の展開の中で、三井家、岩崎家(三菱)などの政商が巨大な産業資本家となり、二つの戦争を通して財閥を形成するようになった。
1912年明治天皇が没し、大正の世となった。1914年に第1次世界大戦が始まると、日本は日英同盟を口実にして参戦し、翌年には中華民国の袁世凱政権に中国の主権を侵す「二十一カ条要求」をつきつけ、その大部分を強引に認めさせた。この第1次世界大戦はかつてない好景気を日本にもたらし、戦争成金が続出した。日本の輸出は1914年から1919年までの5年間で4倍以上に増加したばかりか、債務国から債権国へ転じ、工業生産額は農業生産額を上回り、工業国の仲間入りを果たしたのである。
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