【双语阅读】【白夜行】第十回
笹垣は電話をかけてきたという組合の人間の氏名と連絡先を尋ねた。松浦は名刺入れを出してきて、それを調べた。
その時だった。例の階段の扉が動いた。少し開いた隙間から、少年の顔が見えた。
笹垣が目を合わせると、亮司はすぐに扉を閉めた。階段を駆け上がる足音が聞こえた。
「息子さん、いらっしゃるんですね」
「えっ? ああ、さっき学校から帰ってきました」
「ちょっと上がらせてもらってもええですか」笹垣は階段を指した。
「二階にですか」
「ええ」
「さあ……別にかめへんと思いますけど」
笹垣は古賀に、「電話をかけてきた人の連絡先をメモしたら、金庫を見せてもらってくれ」と命じ、靴を脱ぎ始めた。
扉を開け、階段を見上げた。薄暗く、壁土のような臭いがこもっている。木の階段の表面は長年靴下でこすられて、黒光りしていた。壁に手をつき、笹垣は慎重に上がっていった。
階段を上がりきると、狭い廊下を挟んで二つの部屋が向き合っていた。一方には襖が、もう一方には障子が入っていた。突き当たりに扉があるが、たぶん物入れか便所だろう。
「亮司君。警察の者やけど、ちょっと話を聞かせてくれへんかなあ」笹垣は廊下に立って声をかけた。
しばらく返事がなかった。笹垣がもう一度声を出そうと息を吸い込んだ時、かたん、と物音がした。襖の向こうからだった。
笹垣は襖を開いた。亮司は机に向かって座っていた。背中しか見えない。
「ちょっとええかな」
笹垣は部屋に足を踏み入れた。六畳の和室だった。向きは南西のようで、窓からたっぷりと日が入ってくる。
「僕、何も知らんから」背中を向けたまま、亮司はいった。
「いや、知らんのやったら知らんでええんや。参考までに訊くだけやから。ここに座ってもええかな」畳の上に座布団が一つ置いてあったので、それを指して笹垣は訊いた。
亮司はちらりと振り向き、どうぞ、と答えた。
笹垣は胡座《あぐら》をかき、椅子に座っている少年を見上げた。「お父さんのこと、お気の毒やったな」
亮司はこれには答えない。背中を向けたままだ。
笹垣は室内を見回した。比較的奇麗に片づいた部屋だ。小学生の部屋としては、少し地味な感じさえする。山口百恵や桜田淳子のポスターは貼られていない。スーパーカーの模型も飾られていない。本棚にマンガはなく、代わりに百科事典や、『自動車のしくみ』、『テレビのしくみ』といった子供向けの科学本が並んでいる。
目についたのは壁にかけられた額だった。そこには帆船の形に切り取られた白い紙が入れてあった。細いロープの一本一本まで、じつに細かく丁寧に表現されている。笹垣は演芸場などで見た紙切りの芸を思い出した。しかしあれよりもはるかに精緻な作品だった。「すごいな、それ。君が作ったんか」
亮司は額をちらりと見て、首を小さく縦に動かした。
へええ、と笹垣は驚きの声を上げた。正直な反応だった。「器用なものやな。これやったら商品になるで」
「訊きたいことって何ですか」亮司は尋ねてきた。見知らぬ中年男と雑談をする気はないようだった。
それならば、と笹垣は座り直した。
「あの日はずっと家におったんかな」
「あの日?」
「お父さんが亡くなった日や」
「ああ……そうです。家にいました」
「六時から七時頃は何をしてた?」
「六時から七時?」
「うん。忘れたか?」
首を一度捻ってから少年は答えた。「下でテレビを見てました」
「一人で?」
「おかあちゃんと」
ふうん、と笹垣は頷いた。少年の声におどおどしたところはない。
「すまんけど、こっちを向いてしゃべってくれへんか」
亮司は吐息をつき、椅子をゆっくり回転させた。さぞかし反抗的な目をしているのだろうと笹垣は想像した。だが刑事を見下ろす少年の目に、そういった光は含まれていなかった。無機的とさえいえる目をしていた。何かを観察する科学者のようでもあった。俺のことを観察しているのか、と笹垣は感じた。
「テレビでは、どんな番組をやってた?」軽い口調を心がけて笹垣は尋ねた。
亮司は番組名をいった。少年向けの連続テレビドラマだ。
笹垣は一応、その時に放送された内容を訊いてみた。亮司は少し黙ってから口を開いた。彼の説明は、見事に整理されていてわかりやすかった。その番組を見ていなくても、ほぼ内容を理解できた。
「テレビは何時頃まで見てた?」
「七時半頃かな」
「その後は?」
「おかあちゃんと一緒に晩御飯を食べた」
「そうか。お父ちゃんが帰ってけえへんから、心配したやろな」
うん、と亮司は小さく答えた。そしてため息をつき、窓のほうに目を向けた。つられて笹垣も外を見た。夕空が赤かった。
「邪魔したな。勉強、しっかりがんばりや」笹垣は立ち上がり、彼の肩を叩いた。
笹垣と古賀は捜査本部に戻り、弥生子の事情聴取を行った刑事たちと、話の内容を突き合わせてみた。その結果、弥生子と松浦の供述に、大きな矛盾点は見つからなかった。松浦がいったように、女性客が来た時、奥の間で亮司と一緒にテレビを見ていたと弥生子は主張しているらしい。ブザーの音は聞いたかもしれないがよく覚えていない、接客は自分の仕事ではないから気に留めたことはない、というのが彼女の言い分だ。自分がテレビを見ている間、松浦が何をしていたかもよく知らないといっている。またテレビ番組の内容について弥生子が刑事に語ったことも、亮司の話とほぼ一致していた。
弥生子と松浦だけならば口裏を合わせることは難しくない。だがそこに息子の亮司が絡んでくるとなると話は別だった。彼等のいっていることは嘘ではないのではないか、という空気が、捜査本部内でも濃くなった。
そのことは間もなく証明されることになった。松浦がいっていた電話が、たしかにあの日の六時と六時半頃、『きりはら』にかけられていたことが確認された。電話をかけたという質屋の組合の委員は、自分が話した相手はたしかに松浦だったと証言した。
捜査は再び振り出しに戻った。『きりはら』の馴染《なじ》み客を中心に、地道な聞き込みが続けられた。時間だけが着実に流れていった。プロ野球では読売巨人軍がセ・リーグで九連覇を達成し、江崎|玲於奈《れおな》がエサキダイオードの発明でノーベル物理学賞を受賞することが決定していた。そして中東戦争の影響で、対日原油価格が高騰しつつあった。何かの起こる予感が、日本中を支配していた。
捜査陣の中に焦りが出始めた頃、また一つ、新たな情報が捜査本部にもたらされた。それは西本文代の周辺を調べていた刑事たちによって探り出された。
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