李白:明月不归沉碧海 白云愁色满苍梧
白雲愁色の季節だ、と倉嶋厚(くらしまあつし)「お茶(ちゃ)の間歳時記(まさいじき)」に、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)のことが書かれていた。「明月帰らず碧海に沈み白雲愁色蒼梧に満つ」とは、仲麻呂の死を悼んだ李白の詩である。仲麻呂は十六歳で唐に渡った。けんらんと文化の花がさく玄宗皇帝の世だった。彼はそのまま長安の都に住みついたが、望郷の思いは断(た)ち難(がた)かった。
“那是个白云愁色的季节”,仓岛厚的《餐室岁时记》中记述到阿倍仲麻吕时,曾这么写道。而“明月不归沉碧海,白云愁色满苍梧”则是李白为仲麻吕所作的悼亡诗句。仲麻吕十六岁渡海赴唐。正值文采绚烂的玄宗之世。他就此居留都城长安,然而乡愁之念终难断绝。
五十二歳になって、日本に帰ろうとする。船は暴風で沈み?仲麻呂は水死したと信じられた。李白がこの友人の死を悲しんだのが「白雲愁色」の一篇である。実は、仲麻呂は九死に一生得て、今のベトナムに漂着した。その後長安に戻ったあと、ハノイの長官をやったり、帝室図書館長をつとめて七十歳で死んだ。
五十二岁那年,欲回日本。不料船遇暴风,皆以为仲麻吕已溺水身亡。李白痛悼好友之死,伤心之余而写下了“白云愁色”之作。其实,仲麻吕在九死一生之后,漂到了现在的越南。之后他重返长安,曾任河内的地方官和皇家图书馆长等职,享年七十而终。
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