「パソコンにいろいろな仕事をさせるためのプログラムです。それがないと、ただの箱です。ご自分でプログラムを粗むということであれば、話は別ですけど」
「なんや、そんなのはセットになってないのか」
「用途に応じてプログラムが必要なんです」
「ふうん」
「ワープロソフトや代表的なソフトをお付けするとして」友彦は電卓を叩き、最終的に十六万九千八百円という数字を表示させてから、それを父親に見せた。「これぐらいでいかがですか。ほかの店では、絶対に出せない数字ですよ」
父親は口元を歪めた。予定以上の散財を強いられそうで、憂鬱になったようだ。ところが息子のほうは全く別のことを考えていた。
「|98《キューハチ》は、やっぱり高いんですか」
「98シリーズですと、やっぱり三十万ほど出していただかないと。それに周辺機器を揃えますと、四十万を越えるかもしれません」
「そりゃ論外だ。子供の玩具《おもちゃ》にしては高すぎる」父親がゆらゆらと頭を振った。「その88っていうのにしたって、高すぎる」
「どうされますか。ご予算にこだわられるのでしたら、それなりの商品もありますけど、かなり性能は落ちますよ。機種も古いですし」
父親は迷っている様子だった。息子の顔を見つめる目に、それが表れていた。しかし結局、息子の訴えるような視線に耐えられなかったようだ。じゃあ、その88というのをくれ、と友彦にいった。
「ありがとうございます。お持ち帰りになられますか」
「うん、車だから自分で運べるんやないかな」
「では、今すぐここへ持ってきますので、少々お待ちください」
支払いの手続きを中嶋弘恵に任せ、友彦は店を出た。店といっても、事務所用に改装されたマンションの一室だ。ドアに貼ってある、『パソコンショップ MUGEN』の看板がなければ、何の部屋かわからないだろう。そして倉庫代わりに使っているのは、隣の部屋だった。
倉庫用の部屋には、事務机と簡単な応接セットが置いてある。友彦が入っていくと、向き合って座っていた二人の男が、ほぼ同時に彼を見た。一人は桐原であり、もう一人は金城《かねしろ》という男だった。
「88が売れた」桐原に伝票を見せながら友彦はいった。「モニターとプリンタのセットで、一、六、九、八」
「ようやく88は一掃か。助かった。これで厄介払いができた」桐原が片方の頬に笑みを浮かべた。「これからは98の時代やからな」
「全くだ」
部屋の中には、パソコンや関連機器を納めた段ボール箱が、天井近くまで積み上げられていた。友彦は段ボール箱に印刷された型番を見ながら、その間を歩いた。
「地道な商売やっとるなあ。十万ちょっとの金を落としていく客が、ぽつりぽつりと来る程度やないか」金城が揶揄《やゆ》する口調でいった。段ボールの山の中にいる友彦には、金城の顔は見えなかったが、その表情は目に浮かぶようだった。こけた頬を歪め、落ちくぼんだ目をぎょろりと剥《む》いたに違いない。あの男を見るたびに友彦は、骸骨《がいこつ》を連想せずにはいられなかった。灰色のスーツを着ていることが多いが、大きさの合わないハンガーにかけたように、肩の部分が飛び出している。
「地道が一番ですよ」桐原亮司が答える。「ローリターンやけど、ローリスクです」
低い、くぐもった笑い声。金城が発したものに違いなかった。
「なあ、去年のことを忘れたんか? 結構ええ目を見たはずや。おかげで、こういう店も開けた。もう一回、勝負をかけようという気にならへんか」
「前にもいいましたけど、あんなに危ない橋とわかってたら、おたくさんらと一緒に目をつぶって渡るなんてことはしませんでしたよ。一歩間違えたら、何もかもなくしてしまうところやった」
「大層なこというな。俺らをあほやと思とるんか。押さえるべきところをちゃんと押さえておいたら、なんにも心配することはない。大体、あんたかて、こっちの正体を知らんわけやないやろ。全く危険のない橋やとは思ってなかったはずやで」
「とにかく、この話はお断りしますよ。ほかを当たってください」
何の話だろう、と段ボール箱を探しながら友彦は思った。いくつかの仮説が頭に浮かんだ。金城が、どういう用件で訪ねてくる男かということは、把握しているつもりだった。
やがて目的の箱は見つかった。パソコン本体とディスプレイとプリンタの三つだ。友彦はそれらを一つずつ、部屋の外に運び出した。そのたびに桐原と金城の脇を通り抜けるのだが、二人は黙って睨み合っているばかりで、それ以上の会話を盗み聞きすることはできなかった。
「桐原」部屋を出る前に、友彦は声を掛けた。「もう店を閉めてもええかな」
ああ、と桐原は声を出した。上の空のような声だった。「閉めてくれ」
わかった、といって友彦は部屋を出た。このやりとりの間、金城は一度も友彦のほうを見なかった。
親子連れに品物を渡すと、友彦は店を閉めた。そして、食事に行こうと中嶋弘恵にいった。
“就是让电脑进行各项工作的程序,如果没有软件,电脑只是一个箱子。不过若是您自己能够写程序,就另当别论。”
“什么?那些东西没有含在里面?”
“因为视各种不同的用途,需要不同的程序。”
“哦。”
“加上文字处理和一些常用软件,”友彦按按计算器,对男子显示出169800这个数字,“这个价钱如何?别的店绝对不止这个数。”
做父亲的嘴角歪了,显然是为被迫掏更多的钱而郁闷。然而,少年想的却是另一回事。
“98还是很贵吗?”
“98系列没有三十万还是没办法。如果再备齐相关配置,恐怕会超过四十万。”
“想都别想!小孩子的玩具那么贵。”男子大摇其头,“那个什么88的就已经太贵了。”
“看您了,如果坚持预算,也有相对应的商品,只是性能差很多,机种也旧。”
做父亲的犹豫不决,注视儿子的目光表露出这一点,但终究敌不过儿子恳求的眼神,对友彦说:“那还是给我那个88好了。”
“谢谢,您要自己带回去吗?”
“嗯,我开车来的,自己应该搬得动。”
“好,我马上拿过来,请您稍等。”友彦把付款的手续交给中岛弘惠处理,离开店铺。虽说是店,其实只是改装成办公室的一间公寓。如果不是门上贴着“个人电脑商店MUGEN”的招牌,恐怕看不出这是什么地方,他们的仓库则是隔壁的公寓。
作为仓库使用的这一户里摆着办公桌和简单的客用桌椅。友彦一进去,里面相对而坐的两个男人几乎同时看向他,一个是桐原,另一个姓金城。
“88卖掉了。”友彦边说边把小票拿给桐原看,“加显示器和打印机,169800.”
“88总算全部销出去了,谢天谢地,这麻烦终于清掉了。”桐原一边脸颊浮现出笑容,“接下来可是98的时代。”
“一点不错。”
公寓里装着个人电脑和相关机器的纸箱,几乎快堆到天花板。友彦看着纸箱上印刷的型号,在箱子间走动。
“你做这生意还真踏实啊,许久才来一个肯花十万出头的客人。”金城揶揄道。友彦身处成堆的纸箱里,看不见金城的表情,但他不用看也想象得到。金城一定是歪着皮包骨头的脸颊,故意瞪大他那双凹陷的眼睛。每次看到这个人,友彦都不由得联想到骷髅。他经常穿着灰色西装,看起来就像挂在大小不适合的衣架上似的,肩部会凸出来。
“脚踏实地最好,”桐原亮司回答,“报酬低,风险也低。”
传来一阵沉闷的笑声,必是金城发出来的。
“去年的事你忘了吗?很好赚吧,所以你才能开这家店。不想再赌一把?”
“我早就说过了,要是知道那次那么危险,我才不会蒙着眼跟你们走那一遭。要是走错一步,一切都完了。”
“别说得那么夸张。你当我们是白痴啊,该注意的地方我们都注意到了,根本没什么好担心的。再说,你又不是不知道我们这边的底,早该明白那次一点风险都没有。”
“总之这件事我没办法,请你去找别人。”
他们说的是哪件事?友彦边找纸箱边想,心里出现几个假设。对于金城来访的目的,友彦自认心中有谱。不久,他找到了,总共是主机、显示器和打印机三箱。他把箱子一一搬到屋外,每次都得经过桐原和金城身边,但他们俩只是默默盯着对方,他无法再听到更多消息。
“桐原,”离开房间前,友彦问道,“可以打烊了吗?”
“唔,”桐原听起来心不在焉,“行。”
友彦应声好,离开公寓。在他们对话期间,金城完全没有朝友彦看上一眼。
把货品交给那对父子后,友彦关了店门,和中岛弘惠一起去吃饭。
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