东野圭吾作品精读:《白夜行》第四章 第九回
《白夜行》将无望却坚守的凄凉爱情和执著而缜密的冷静推理完美结合,被众多“东饭”视作东野圭吾作品中的无冕之王,被称为东野笔下“最绝望的念想、最悲恸的守望”,出版之后引起巨大轰动,使东野圭吾成为天王级作家。2006年,小说被改编成同名电视连续剧,一举囊括第48届日剧学院奖四项大奖。“只希望能手牵手在太阳下散步”,这句象征《白夜行》故事内核的绝望念想,有如一个美丽的幌子,随着无数凌乱、压抑、悲凉的事件片段如纪录片一样一一还原,最后一丝温情也被完全抛弃,万千读者在一曲救赎罪恶的爱情之中悲切动容……
翌日の夕方、正晴は内藤の運転するカリーナの助手席に座っていた。内藤が従兄《いとこ》から三十万円で買い取った中古車だということだった。
「悪いな。面倒臭いことを頼んで」
「いや、僕は別に構いませんよ。どうせ家の近所ですし」内藤は愛想よくいった。
前日の約束を、後輩は即座に果たしてくれたらしかった。このカリーナ用の駐車場を仲介した不動産屋に電話し、五年前のガス中毒事件の発見者かどうかを確認してくれたのだ。その答えは、死体を発見したのは自分ではなく息子のほうだ、というものだった。その息子は現在、深江橋《ふかえばし》で別の店を出しているらしい。深江橋は東成《ひがしなり》区であり、生野区よりも少し北にある。簡単な地図と電話番号を書いたメモが、今は正晴の手の中にある。
「けど、中道さんはやっぱり真面目ですねえ。やっぱりあれでしょ。教え子のそういう生い立ちのことも知っておいたほうが、家庭教師で教える上で役に立つということでしょ。僕はバイトでは、とてもそこまで出来ませんわ。もっとも、僕に家庭教師のくちは来ませんけど」
内藤は感心したようにいった。彼なりに納得しているようなので、正晴は何もいわないでおいた。
じつのところ、自分でも何のためにこんなことをしているのかよくわからなかった。もちろん彼は自分が雪穂に強くひかれていることを自覚している。しかし、だからといって彼女のすべてを知りたいと思っているわけではなかった。過去のことなどどうでもいいというのが、ふだんの彼の考え方だった。
たぶん現在の彼女を理解できていないからだろうなと彼は思った。身体が触れるほど近くにいながら、そして親しげに言葉を交わしていながら、彼女の存在をふっと遠くに感じることがあるのだ。その理由がわからなかった。わからずに焦っている。
内藤がしきりに話しかけてきた。今年入った新入部員のことだ。
「どんぐりの背比《せいくら》べというところですわ。経験者が少ないですから、やっぱり今度の冬が勝負です」自分の取得単位数よりもチームの成績のほうが気になるという内藤は、少し渋い顔でいった。
中央大通と呼ばれる幹線道路から一本内側に入ったところに、田川不動産深江橋店はあった。阪神高速道路東大阪線高井田出入口のそばである。
店では痩せた男が机に向かって書類に何か記入しているところだった。見たところ、ほかに従業員はいないようだ。男は二人を見て、「いらっしゃい。アパート?」と訊いてきた。部屋探しの客だと思ったらしい。
内藤が、吉田ハイツの事故について話を聞きたくて来たという意味のことをいった。
「生野の店のおっちゃんに訊いたら、事故に立ち会《お》うたんは、こっちの店長やと教えてくれはったんです」
「ああ、そうやけど」田川は警戒する目で、二人の若者の顔を交互に見た。「今頃なんでそんな話を聞きたいんや」
「見つけた時、女の子が一緒だったでしょ」正晴はいった。「雪穂という子です。その頃の名字は西本……だったかな」
「そう、西本さんや。おたく、西本さんの親戚の人?」
「雪穂さんは、僕の教え子なんです」
「教え子? ああ、学校の先生かいな」田川は納得したように頷いてから、改めて正晴を見た。「えらい若い先生ですな」
「家庭教師です」
「家庭教師? ああ、そうか」田川の視線に見下したような色が浮かんだ。「どこにいるの、あの子。母親が死んでしもうて、身寄りがなくなったんやなかったかな」
「今は親戚の人の養女になってますよ。唐沢という家ですけど」
「ふうん」田川はその名字に関心はないようだった。「元気にしてるんかな。あれ以来、会《お》うてへんけど」
「元気ですよ。今、高校二年です」
「へえ。もうそんなになるか」
田川はマイルドセブンの箱から一本抜き取り、口にくわえた。それを見て、意外にミーハーなところがあるらしいと正晴は思った。マイルドセブンが発売されたのは二年ちょっと前だが、味が悪いという評価のわりに、新しもの好きの若者を中心にうけている。正晴の友人も、大半がセブンスターから乗り換えた。
「で、あの子があの事件のことでおたくに何かいうたんか」煙をひと吐きしてから田川は訊いた。この男は相手が年下だと見ると、横柄な口調になるらしい。
「田川さんには、いろいろと世話になったといってましたよ」
無論、嘘だ。雪穂とは、この話をしたことはない。できるはずがなかった。
「まあ、世話というほどでもないけどな。とにかくあの時はびっくりした」
田川は椅子にもたれ、両手を頭の後ろで組んだ。そして西本文代の死体を見つけた時のことを、かなり細かいところまで話し始めた。ちょうど暇を持て余していたところだったのかもしれない。おかげで正晴は事故の概要を、ほぼ掴《つか》むことができた。
「死体を見つけた時よりも、その後のほうが面倒やったな。警察からいろいろと訊かれてなあ」田川は顔をしかめた。
「どんなことを訊かれたんですか」
「部屋に入った時のことや。俺は、窓を開け放して、ガスの元栓を閉めた以外には、どこにも触ってないっていうたんやけど、何が気に入らんのか、鍋に触れへんかったかとか、玄関には本当に鍵がかかってたかとか訊かれてなあ、あれはほんまに参ったで」
「鍋に何か問題でもあったんですか」
「よう知らん。味噌汁がふきこぼれたんなら、鍋の周りがもっと汚れてるはずやとかいうてたな。そんなこといわれたかて、事実ふきこぼれて火が消えとったんやからしょうがないわな」
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