民间故事:男人和她妻子的美丽相遇
むかしむかし、日本に仕事で来ていたオランダ人が国へ帰る時、通訳の人たちが船まで見送りに来ました。そして長崎の港にいる船の中で、お別れのパーティーをする事にしたのです。通訳仲間が船の中で酒を酌み交わしていると、すっかり上機嫌になったオランダ人が言いました。「みなさん方のおかげで、無事に仕事をすます事が出来ました。感謝します。ありがとう。そのお礼に、何でもお望みの物を本国からお送りしましょう」
通訳の人たちは喜んで、あれやこれやと色々な物を頼みました。でも、その中でただ一人、西田長十郎(にしだちょうじゅうろう)だけが黙っています。通訳はみんな長崎の人間でしたが、この西田という通訳は江戸からやって来たのです。
長十郎が何も言わずに黙っているので、オランダ人が尋ねました。「長十郎さん、あなたは、何をお望みですか?」
「はい。わたしには、別に欲しい物はありません。ただ」
「ただ?」
「実は、残してきた妻子の事が気がかりなのです。江戸からこの長崎へ来てから、はや六年。その間、妻子の顔を見ておりませぬ。妻子がいま、どの様に暮らしておりますやら。それを知りたいだけが、願いでございます」
するとオランダ人は、にっこり笑って言いました。「妻子を思う気持ち、よく分かります。そしてその願いは、簡単に叶います」
「本当ですか?」
「はい、すぐに、叶えてあげましょう。ただし、決して口を聞いてはなりませんよ。よろしいですか」
「はい、決して」
長十郎が約束すると、オランダ人は倉庫から持って来たガラスの大きなはちに、水をなみなみと入れました。
そして、「さあ、妻子を思い浮かべながら、はちの中をじーっと見つめください。そうすれば、どんなに離れていても妻子の様子がわかります」と、いうのです。長十郎は言われた通り、水の中をじーっと見ていました。すると水中に、自分の家の近くの山や林がはっきりと見えて来たのです。(これは、不思議な)なおも見続けていると、いつの間にやら長十郎は、自分の家の門の前まで来ていました。門は修理中だったので、長十郎はそばの木に登って家をのぞいて見ました。すると女房がうつむいて、庭先で洗濯仕事をしています。(何とかして、こっちを向いてくれないものか)
じーっと待っていると、女房は洗濯の手を休めて、ひょいとこちらを見ました。
長十郎と女房の、二人の目が合いました。
(あっ・・・)長十郎は思わず、何かを言おうとしました。
(あっ・・・)女房の方も、長十郎に言葉をかけようとしました。
でもその途端、オランダ人がはちの水をかき回したので、それっきり何もかも消えてしまいました。
長十郎は、がっかりして、「残念。もう少しで、妻と言葉を交わす事が出来たのに」と、言うと、オランダ人は、「すみません。でも、もしもここでお話しをなさると、お二人の命にかかわります。あなたが言葉をかけようとしたので、急いで消したのです」と、言いました。
それから数ヶ月後、ようやく長崎での仕事を終えた長十郎が江戸の家に帰って来て、あの時の事を女房に話すと、「まあ、そうでしたか。あの時、かきねの外にあなたがいらっしゃるのを見て、わたしも何か申し上げようと思いました。ところが、にわかに夕立ちが降り出して、お姿が見えなくなったのですよ。てっきり夢かと思っていましたが、本当だったのですね」と、言ったそうです。
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