日本語古典文法(上)
二、助動詞
ぬ
〔助動〕(活用は【ナ行変格活用】「な.に.ぬ.ぬる.ぬれ.ね」。用言の連用形に付く。完了の助動詞。動詞「往ぬ」の「い」が脱落したものといわれる)
1 動作.作用の発生または継続推移が完了したこと、終わった状態になること、またそれを確認する気持を表す。…するようになった。…してしまった。…してしまう。*古事記‐中.歌謡「畝火山木の葉さやぎ奴(ヌ)風吹かむとす」*土左「こしかひもなくわかれぬるかな」
2 動作.状態の実現.発生することを確言する気持を表す。きっと…する。…してしまう。今にも…しそうだ。多くの場合、下に推量の助動詞を伴う。また命令形を用いて、確実な実行を求める意を表す。*源氏‐若紫「宿世(すくせ)たがはば、海に入りね」*徒然草‐一三七「咲きぬべきほどの梢」
3 「…ぬ…ぬ」の形で、二つの動作が並列して行われていることを表す。→たり(完了の助動詞)。*浜松中納言‐四「かきくらし晴れせぬ雪の中にただ明けぬ暮れぬとながめてぞ経る」
補注 (1)「ぬ」は主として、意志を持った行為でない、無作為.自然に発生推移する動作作用を表す動詞に付き、「つ」と対照される。なお、また「ぬ」は自動詞に、「つ」は他動詞に付くという傾向のあることが近世以来認められている。(2)「ぬ」はナ行変格の動詞には付かないといわれているが、「死ぬ」については、中世、「今昔‐二.二九」の「其の詞(ことば)終らざるに、即ち、死にぬ」などの例がある。
む
〔助動〕(活用は【四段活用】「ま.〇.む.む.め.〇」。平安時代中期にはmuの発音がmとなり、さらにnに変わったので、「ん」とも書かれる。またmはZからuに転じて鎌倉時代には「う」を生み、やがてuの発音は前の語の末の母音と同化して長音化するようになった。活用語の未然形に付く。→う)推量の助動詞。現実に存在しない事態に対する不確実な予測を表す。
1 話し手自身の意志や希望を表す。…しよう。…するつもりだ。…したい。*古事記‐中.歌謡「撓(たわ)や腕(がひな)を枕(ま)か牟(ム)とは吾(あれ)はすれど」
2 相手や他人の行為を勧誘し、期待する意を表す。遠まわしの命令の意ともなる。…してくれ。…してもらいたい。*古事記‐下.歌謡「吾(あ)が愛(は)し妻にい及き逢は牟(ム)かも」
3 推量の意を表す。①目前にないこと。まだ実現していないことについて想像し、予想する意を表す。…だろう。*万葉‐三九九六「ほととぎす鳴か牟(ム)五月(さつき)はさぶしけ牟(ム)かも」②原因や事情などを推測する場合に用いる。…だろう。…なのであろう。*万葉‐六二一「間なく恋ふれにかあら牟(ム)草枕旅なる君が夢にし見ゆる」③(連体法に立って)断定を婉曲にし、仮定であること、直接経験でないことを表す。…であるような。…といわれる。…らしい。*古事記‐中.歌謡「命(いのち)の全(また)け牟(ム)人は」
補注 (1)原形をアムとする説がある。(2)未然形「ま」は、上代のいわゆるク語法の「まく」の形に現れるものだけである。(3)形容詞活用や助動詞「ず」には、「あり」を介して付くのが常であるが、上代では、形容詞活用にはその古い未然形語尾「け」に付く。(4)助動詞「けむ」は、もと過去の助動詞「き」の未然形にこの「む」が結合したもの。そのほか、「らむ」「まし」なども、この「む」に関係のあるものといわれる。
なむ
(完了の助動詞「ぬ」の未然形に推量の助動詞「む」の付いたもの。動詞の連用形に付く)
1 動作.状態の実現すること、完了することを確認し推測する意を表す。…するようになるだろう。…になってしまうだろう。きっと…だろう。*万葉‐八三「竜田山いつか越え奈武(ナム)妹があたり見む」
2 動作.状態を実現しようとする強い意志を表わす。きっと…しよう。*万葉‐三四八「虫に鳥にもわれは成り奈武(ナム)」
3 動作.状態の実現を適当であるとする、また、適当であるからそうした方がよいと勧誘する意を表す。…した方がよいだろう。…したらどうだろう。*源氏‐夕顔「はや帰らせ給なんと聞こゆれば」
4 動作.状態の実現を可能であると推量する意を表す。…することができるだろう。…でもかまわないだろう。*平家‐六「あの物射もとどめ、斬りもとどめなんや」
らむ
〔助動〕(活用は【四段活用】「〇.〇.らむ.らむ.らめ.〇」。終止形.連体形は、平安時代には「らん」とも書かれ、鎌倉時代には「らう」の形も現れる。活用語の終止形に付くのが原則であるが、ラ変型活用の語には連体形に付く。推量の助動詞)
1 話し手が実際に触れることのできないところで起こっている事態を推量する意を表す。現在の事態を想像していう例が多い。…であるだろう。今ごろは…しているだろう。*書紀‐白雉四年.歌謡「引出(で)せず我が飼ふ駒を人見つ羅武(ラム)か」
2 話し手が実際に経験している情況について、その原因.理由.時間.場所などを推量する意を表す。①原因など条件を表わす句を受けて、それを事実について推量する場合。*万葉‐二六四七「横雲の空ゆ引き越し遠みこそ目言(めこと)離(か)る良米(ラメ)絶ゆとへだてや」②疑問詞を受けて、事実の奥の条件を模索する場合。*万葉‐一九四八「ほととぎすいづくを家と鳴き渡る良武(ラム)」③現実の事柄に心を動かして、言外にその原因、理由などを疑う意を表す場合。*古今‐九三「春の色の至り至らぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらん」
3 連体修飾文節に用いられて、自分の直接経験ではないが、他から聞いたこと、世間一般で言われていることを受け入れて推量する意を表す。*万葉‐一一二「いにしへに恋ふ良武(ラム)鳥はほととぎす」*枕‐四一「鸚鵡、いとあはれなり。人のいふらんことをまねぶらんよ」
補注 (1)「らむ」の「む」の部分は、推量の助動詞「む」と同源と考えられる。「ら」は、動詞「あり」と関係づけて説かれ、また、状態を示す接尾語「ら」という説もあるが決しがたい。(2)上代、上一段活用の動詞「見る」に付くときは、「見らむ」となる。他の上一段動詞に「らむ」を伴った用例は見られない。「見らむ」は、中古にも用いられている。この接続は、「べし」の場合と同様のもので、「み」を連用形とするが、また古い終止形とか終止形の語尾を落としたものとか見る説もある。(3)鎌倉時代以降、「らう」の形があらわれ、現代の「ろう」に続くほか、方言では「ら」の形でも用いられる所がある。→ろう。(4)室町時代には「らん」は完了の「つ」と熟合し、「つらん」「つら」「つろう」となり過去の推量を表す。これらは現代の方言にまでつづき、口語の「たろう」に相当する。→つろう.つら.つろ
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