双语阅读:【青春小说连载】春の夢(94)
「ドイツ人の客を部屋に案したんですけど、ぼくを離さへんのです。何を言うてるのかさっぱり判らんから、ちょっと通訳してくれませんか」
鍋島は気のいい男で、客が手をつけなかったケーキとかロースト?ビーフとかを、時々内緒で哲之に手渡してくれることがあった。鍋島は、
「ああ、まかしとけ」
と言って立ち上がり、哲之のあとをついて来た。ドイツ人の老夫婦は、部屋に入らず、廊下に立って哲之を待っていた。鍋島と老夫婦は長い間話し合っていた。やがて、笑みを浮かべて鍋島は哲之の方に向き直った。
「ドイツ語の出来る日本人通訳を頼んであったのに、ツーリストの手違いで、あさってまで通訳なしで過ごさなあかんそうや。あした京都に行きたいから、お前に案内してもらいたい。ガイド料は百ドル払うっちゅうことや」
「ぼくが?そやけどぼくはドイツ語まるっきり判りませんよ」
「それでもかめへんらしい。お前を気に入ったそうやで」
「なんぼ気に入れってくれても、言葉は通じへんかったらガイドなんか出来ませんよ」
鍋島と老夫婦はまた何やら話し合っていたが、そのうち三人は大声で笑い、一様に哲之を見つめた。
「とにかくお前が案内してくれるあとをついて行く。言葉は通じんでも、心で判りあえるやろ。この青年は誠実や。安心してついて行ける。そう言うてはるでェ」
あしたは、陽子がアパートを訪ねて来る日だった。週に一度、陽子と抱き合っていられる日なのである。しかし百ドルと言う金は、哲之の月の収入の三分の一に相当する。それだけあったら、ことしのクリスマスには、陽子の欲しがっている銀のブレスレットを買ってやれるな。哲之はそう思った。哲之は、自分は京都の地理にあまり詳しくない。だから京都をよく知っている者を同行してもいいかと訊いた。鍋島がそれをドイツ語で老夫婦に伝えた。老夫婦は座席に承諾(しょうだく)した。
「その京都に詳しい人間は男かいな女かいな」
それは鍋島個人の興味らしかった。
「女です」
そう哲之が答えると、
「ときどき、ホテルの裏に来る娘か?」
鍋島は血色のいい顔をほころばせて言った。ええと答えながら、哲之は誰も見ていないと思っていたが、人は皆そう言うことには目ざといものなのだなと考えた。鍋島は老夫婦と話し合っていた。三人は再び笑って哲之に視線を向けた。
「彼は恋人をつれてくるらしい、その娘の方は京都の地理に詳しいからだっちゅうたら、きっとその青年のいうとおりなのだろう、私たちはおふたりの邪魔にならないよう気をつける、そう言うてはるでェ」
鍋島は哲之に老夫婦の言葉を伝え、時間と待ち合わせの場所を決めてくれた。老夫婦はにこやかに手を振って自分たちの部屋に消えた。
「ちょうどええがな。あしたは休みやろ?」
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