双语阅读:《福尔摩斯之住院的病人》第8回
「誰も這入りませんよ」
私は答えました。
「いいや、嘘だ」
彼は呻(うな)るように云うのでした。
「あがって来てみろ!」
私は彼が恐迫観念に襲われて、半分正気を失っている時に使う、乱暴な粗野な言葉使いは、平気できき流すことになれていた。私は彼の云うままに二階に上っていってみますと、彼の指さすカーペットの上に、ありありと人の足跡が三つ四つしるされているのでした。
「君はこれを僕の足跡だと云うつもりか?」
彼はなお、呶鳴りつづけました。
それはたしかに彼の足跡より、遥かに大きいもので、おまけに極めて新しくあざやかについていました。御承知のようにきょうの午後は雨降りでした。そして午後にやって来た患者は、彼等親子より外にはなかったのです。――とすると、事実はこう思われなくてはならなくなります。私が患者を診察している間に待合室にいた彼の息子が、この部屋に這入り込んだに相違ないと。事実、そこには何も手がかりも証拠も見あたりはしませんでしたけれど、この足跡が何よりもはっきり、彼が闖入したことを物語っているのでした。
ブレシントン氏はすっかり昂奮してしまいました。無論こう云うことは、普通の人だって心の平和をかき乱されずにいられるものではありません。彼は何だかわけの分からないことを叫びながら椅子に腰をおろすと、めちゃくちゃなことを口走り始めて、どうにも手がつけられないんです。――で、私があなたの所へ伺ったのも、実は彼の意志なんです。もちろん、こんな事件は、すぐ解決のつくことだろうと私は思っているんですが。――事実、ブレシントン氏は非常な重大問題か何かのように思っているらしいんですが、しかし本当はごく単純な出来事なんですからね。――そんなわけで、もう今からすぐ、私の馬車で私と一しょに来ていただけますようですと、よしその事件の解決はすぐつかないにしても、彼は平静にして下さることが出来ると思うんですが……
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