《伯爵与妖精》卷二第二章魔兽的妖精之卵2.7
「なんてことするのよ。もう少しで伯爵(はくしゃく)に怪我をさせるところだったじゃない!」
オレンジ色の髪の少女が、足元を見つめ怒鳴(どな)りつけた。そこにいる醜(みにく)い妖精の姿は、通りかかる人々には見えていないだろう。
ひとり怒鳴っていれば注目を浴びるのに気づき、少女は木の陰に身を寄せて声を落とした。
「あの女のほうをねらってって言ったでしょ!」
(でもお嬢さま、あいつはオレのことが見えるんですよ。ええ、見えるってだけじゃない、オレがガラスを割るのを察知したんです。あれは妖精博士(フェアリードクター)ですよ)
「だからどうだっていうの? おまえはわたしの下僕(げぼく)なのよ、言うとおりにすればいいの!」
(……はい、お嬢さま)
「不吉(ふきつ)なことを起こして、怖がらせて怯(おび)えさせてやるの。ドーリスみたいに、ロンドンからいなくなればいいのよ」
言い捨て、スカートのすそを蹴るようにして、少女は歩き出す。
伯爵とふたりで歩いていく、赤茶の髪の少女のあとをつけるためだった。
伯爵家に出入りしていて、エドガー·アシェンバートと親しそうにしている娘は、自分と同い歳くらいに見える。
印象的な金緑の瞳に惑わされなければ、目立つほど美人でもないし、自分の方がよほど伯爵には釣り合うと思う。
妖精のしもべをもっているのだから、魔法の力でなんだって思い通りになるはずだと、彼女は信じ込んでいた。
(ちっ、なーにがお嬢さまだ。てめーだってご主人様の奴隷(どれい)なんだからな)
ボギービーストがひそかに言い捨てるのを、ニコは木の上から聞いていた。
(偉そうにしやがって。オレさまがおとなしくしてんのは、ご主人様の言いつけだからだ。は、今にみてろよ、小娘め)
こぶしを振りあげつつ罵倒(ばとう)していたかと思うと、ボギービーストはあごに手をあて考え込んだように見えた。
(だが、フェアリードクターが何か嗅(か)ぎつけてるとなるとやっかいだぞ。じゃまなんかされたらご主人様の苦労も水の泡だ)
ひとりごとをしゃべりながら、ボギービーストはゆっくりと消えた。
「やれやれ、なんだか面倒くさそうなことになってきたぞ」
しっぽをゆらゆらさせながら、ニコはつぶやく。
「伯爵さまもなあ、単なるおふざけなら大目に見るが、何考えてんのかはっきりしねえし、要注意だよまったく」
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