魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一 第三章3.3
リディアは意を決して立ち上がり、暖炉(だんろ)にかけた鍋を覗(のぞ)き込んだ。湯を欠けたカップにすくい取る。
ニコに渡された薬の粒を落とし、ミントの若葉を入れて、それをエドガーに差しだした。
「お茶なんてものもないけど、少しは気分が落ち着くわよ」
「ああ、ありがとう」
屈託(くったく)なく微笑(ほほえ)む。
しかしその笑みの奥に、鋭い気配を感じ、リディアは背筋が凍りつくような緊張感に包まれた。
カップを受け取ったエドガーの手が、リディアの手に触れる。思わず手を引こうとすれば、ぐいとつかまれる。
「何を入れたの?」
「え……、な、何のこと……」
「悪い奴はね、あらゆることを警戒している。きみはこっそりとやったつもりでも、ミントの葉以外に何か入れたのは見えていた。こういう極悪人を刺激するのは危険だよ」
「離してよ」
「離せばきみは逃げる」
「……当然でしょ、あなた強盗犯なんだから!」
さらにリディアは、刺激するようなことを言ってしまう。
「つくづくきみは、防衛本能がないんだね。ハスクリーにつかまったときもそうだったけれど、がむしゃらに逃れようとするだけじゃ、命がいくつあっても足りないよ」
「あ、あたしを殺すっていうの?」
「まさか。そんなことをしたら、宝剣のありかがわからくなる」
「脅(おど)したって、言いなりになんかならないから!」
「やっぱりきみはわかっていない。人を言いなりにする方法なんていくらでもある。世間知らずのお嬢(じょう)さん、自分が息をしていることすら許せないほど、絶望することなんて想像できないんだろうね」
哀しい人、そうエドガーのことを表したアーミンの言葉を、そのときリディアは思い出した。
怖いと思う気持ちより、目の前の彼が、はじめて本当の自分をリディアの前にさらけ出しているように見えて、胸が痛んだ。
それは、犯罪者の本性などではなく、あたりまえの幸福も将来も、何もかも奪われた者の苦しみだ。
「……あなたは、そんなふうに絶望したの」
ふと彼は、眉をひそめた。
よけいなことを言って怒らせてしまったのだろうか。
本当にあたしって、危険を察知する本能がいかれてるのかもしれないわ。
そう思ったとき、急にエドガーが手を離した。
苦悩の表情を浮かべたまま、彼はうつむく。
やがて小さく、「そうだ」とつぶやく。
「青騎士伯爵の宝剣だけが、僕の希望だ。リディア、僕を見捨てるのか」
まるで、恋人を引き止めようとするかのように、視線がすがりつく。リディアはまた、自分がとらわれの身も同然だということを忘れそうになる。
「……そんなこと言われたって」
「行かないでくれ」
「わけがわからないわ。あなたはあたしを脅して、言いなりにするつもりなんでしょ」
「どうしても行くというなら、僕はここで死ぬ」
「ちょっと待ってよ、それが脅し?」
「最後の希望が消えるなら、生きているほど苦しむだけだ」
リディアが渡したカップを眺めていたかと思うと、思いつめたように彼は中身を飲みほした。
「これが毒薬なら、僕が死ぬと言ったところで、きみの心は痛まないわけだけれど」
「ま、まさか。眠り薬よ」
「そう。なら、目覚めたときに運命が決まるわけだ。きみが目の前から消えたなら、僕の命はそれまで……。ああ、悪くはないな。僕の運命はきみのもの。情熱的な愛の言葉みたいじゃないか」
冗談じゃない。
困惑するしかないリディアに、彼は哀しげな、けれどこのうえなく優雅な微笑みを向けた。
「おやすみ、僕の妖精」
ふざけた言葉も、彼の口に上れば切実な求愛のよう。あまく耳にまとわりつく声を残し、コートにくるまった彼は、床に横たわった。
すぐに眠りに引きこまれていく、無防備なエドガーの姿を、リディアは突っ立ったまま眺めていた。
「あーもう、ひやひやしたぜまったく」
ニコが姿を現す。
「リディアってば、薬を入れるタイミングが悪いんだよ。ま、結局飲んでくれたからよかったがな」
エドガーを足先でつつき、薬が効いているのを確かめる。
「さ、行こうぜリディア」
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