魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第四章4.1
海辺の一夜
汽車と馬車を乗り継ぎ、リディアたちがようやくやってきたのは、海辺の静かな町だった。アイリッシュ海はもう目の前で、リディアの立っているこの窓辺からも、月明かりを浴びた海がよく見える。
一方、部屋の中に目を向ければ、曲線も優雅な椅子(いす)に腰かけたエドガーが、この館の主人を相手に、葡萄酒(ぶどうしゅ)のグラスを傾けていた。
町の地主(ジェントリ)であるこの館の主人は、伯爵(はくしゃく)を名乗るエドガーのことをすっかり信用している。
物取りに襲(おそ)われ怪我(けが)をしたとか、従者とはぐれたとか、エドガーの作り話はお手のもので、医者を呼ばせ、新しい服を用意させ、そのうえ地主の知人らしい某貴族のことを、さも社交界で面識があるかのように吹聴(ふいちょう)して、館に宿泊する約束を取りつけてしまった。
伯爵をもてなすのは名誉なことだと、地主はいたく感激している。
「ところで伯爵、マナーン島へ行かれるのですか? これといって何もない島ですが」
「あそこはいちおう、僕の島なのですよ。父の代では訪ねることはなかったようなのですが、爵位(しゃくい)を継ぐことになった以上、所有地をこの目で確かめておこうと思い立ちまして。なにしろ我が家の領地は、各地に散在しているもので」
医者にきちんと手当を受けた傷は、もうあまり痛まないのだろうか。酒は当分禁じられたというのに、かまわず飲む。
まばゆい金髪は、あばら屋で横たわっているときでさえ輝きを失わなかったが、シャンデリアの下ではさらに映える。
一方リディアは、自分の髪に目を落とす。室内の明かりは、彼女のくすんだ赤茶の髪を暗く見せるから好きではない。エドガーの金髪がうらやましくなれば、どうして両親と同じ明るい色に生まれなかったのだろうと思う。
いっそ知的な黒髪だったらよかったが、鈍い赤茶はあまりにも中途半端なのだ。
もっとも、たとえ金髪だったとしても、あんなに気取った優雅さは自分にはないけれど。
田舎町の地主の館で、ふだんは引き立てるべき人もない数々の高価な家具や調度品が、彼のような人物の訪問を待ち望んでいたかのように見えてしまって、リディアは自分でもあきれていた。
「そうでしたか。これは失礼なことを申しました。そういえば、島には古い城が建っておりますな。棲(す)んでいるのは人魚ばかりという噂(うわさ)ですが、それも伯爵のもので?」
人魚、その言葉に反応し、リディアは耳を傾けた。
「おそらくその城は、十六世紀に建てられたものです。当時の当主が島ののどかな風情を気に入り、別荘を建てたと聞いてますが……。人魚が棲んでいる? それは初耳ですね」
「まあ単なる噂ですよ。あの島は、人魚伝説の宝庫ですから」
「どんな? どんな伝説があるんですか?」
リディアは思わず口をはさんでいた。その勢いに、地主は戸惑う。
「そ、そうですねえ……」
「彼女は妖精には非常に興味があるんですよ。それに僕も、島のことなら聞いてみたい」
「いえまあ、私もそう詳しいわけではなく、人魚と聞けば誰でも知っているような話です。その歌声を聞いた者は、虜(とりこ)になって海の中へ引きこまれるという。島の周囲は潮の流れが急だと言いますから、船が遭難(そうなん)するたび、人魚の伝説が流れたのでしょう」
「船の事故がすべて偶然とは言い切れませんわ。だって人魚は、波も潮もあやつれるもの。それに、マナーン島の人魚は、どうして海ではなく、城にも棲むようになったんですか? 何か言い伝えられてませんか?」
リディアがまじめに訊(たず)ねるほど、地主は困惑と苛立(いらだ)ちを眉間(みけん)ににじませた。大の男が妖精話などできるかと思っている。
それはリディアに対する、ごくふつうの人々の反応だ。いつも、彼女の言葉は不可解で腹立たしいものと受けとめられてきたから慣れている。
気にしない、そっとそうつぶやくだけだ。
けれどメロウの情報は、今のところリディアにはない。些細(ささい)なことでも知りたいところだった。
「誰か城で人魚を見た人でも?」
エドガーが重ねて問えば、地主はようやく返事をした。
「見たというより、城の奥から歌声が聞こえるとか、すると翌朝、城に入り込んだらしい泥棒の死体が浜に打ちあげられるとか、そんな話です。しかしまあ、妖精だの幽霊(ゆうれい)だの、子供じみた連中がよろこぶだけで、どうせ根も葉もない噂ですよ」
子供じみていると言われ、リディアは頭にきた。言い返したくて口を開こうとしたとき、エドガーが言った。
「僕はけっこう、根も葉もない噂話は好きですけどね。なかなか大人になれなくて困りますよ」
切り返され、困惑する地主を見れば、リディアは少し胸のすく気分だった。
「いえいえ、そういうつもりでは。……ああ、そろそろ伯爵、私は休ませていただきますが」
そわそわと、地主は立ちあがった。
「どうぞお構いなく」
「あの、ひとつお願いがあるんですが」
リディアがそう言ったのは、むかつきついでだった。
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