魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第五章5.6
倒れながらもピストルを持ちあげようとした腕を、おもいきり踏んづけたのはレイヴンだ。
ピストルをもぎ取ると、彼はそれを倒れたままのハスクリーに向けた。
「やめて、父さまが人質になってるの! その人を殺したら、きっと父さまもアーミンも……!」
だがリディアの声など、レイヴンの耳には届かないのか、感情のかけらもない冷たい視線で彼はハスクリーの眉間(みけん)にねらいを定める。命乞(いのちご)いなど通じはしないと悟(さと)るしかないような、死神の視線だ。
「レイヴン、もういい」
奥の階段から、声とともにエドガーが姿を見せた。
そのひと声に、レイヴンは腕をおろす。しかし同時に、みぞおちに蹴りの一撃を見舞わせ、ハスクリーはぐったりとのびた。
「リディア、無事で何よりだ。きっとここへ来てくれると思っていたよ。当然コブつきも予想していたけどね」
やわらかく光を吸いこむ金の髪。不敵な笑みをたたえた、完璧(かんぺき)な美貌(びぼう)。
もう惑わされないわ、とリディアは自分に言い聞かせる。
「でも、あなたにとっても困ったことになってるわよ。あたしが〝メロウの星〟を見つけて、ハスクリーに渡さないと、父さまが殺されるの」
「つまり、僕たちは宝剣を争わなければならないわけだ」
宝剣は、リディアが詩を解読し、エドガーが隠し持っているという銀の鍵がないと手に入らない。エドガーはまだ、リディアが鍵のことを知っているとは思っていないから、協力すると見せかけて、最後に宝剣を奪い取るしかなさそうだ。
「でもリディア、アーミンもつかまっている。こいつらが邪魔者(じゃまもの)だっていう、僕たちの利害は一致するんじゃないか? 〝メロウの星〟を奴らに渡す必要はないよ。父上を助けられるよう、僕も尽力(じんりょく)できると思う」
エドガーが、赤の他人であるリディアの父の命を、心配してくれるとは思えなかった。剣さえ手に入れれば、見捨てるに決まっている。
リディアのことだって、犠牲(ぎせい)にしようと思っているくらいだ。
けれどもとりあえず、リディアは頷(うなず)く。
「問題は、本当に宝剣が見つけられるかどうかね」
「さっそくだけど、次の妖精だ。〝シルキーの十字架〟とは?」
階段を上がり、リディアはエドガーのそばをすり抜けて進む。いくつか並ぶドアの前を通り過ぎ、ようやく見つけたしるしの前に立ち止まった。
「どこにも十字架はないけど?」
「この模様、ナナカマドの木よ。ドアの材質もそうね。シルキーは幽霊(ゆうれい)みたいな妖精で、ナナカマドの木でできた十字架が苦手なの」
ドアを開けると、狭(せま)い通路が続いていた。
三人は、さらに先を急ぐ。
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