《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.5
「ところでリディア、できればこれからは、ひとりで出歩かないようにしてほしい。レイヴンが苦手ならメイド頭(がしら)でも連れていってくれればいいし、送り迎えはこれまでどおり馬車で」
「そんな大げさなことしなくても、これからは気をつけるわ」
「べつに大げさじゃないよ。良家の子女ならほとんどそうしてる」
「でもあたしは貴族じゃないわ。それにひとりで行動する方が慣れてるし、好きなの」
「ここはスコットランドじゃなくて、女王|陛下(へいか)の都(みやこ)だよ。身なりや振る舞いで判断される。きみの父上は王立アカデミーの会員でもあるし、上流社会でも名を知られた学者だ。その娘なんだから、レディの常識を意識しておいた方がいい」
「父はそんなの気にしないもの」
「だけどきみが立派なレディになることに反対するかな。そんなに堅苦しいことじゃないよ。基本さえはずさなければ、ちょっとした奇言(きげん)や奇行(きこう)は問題にならない。妖精が見えようが声が聞こえようが、思う存分妖精について語ったって、個性のひとつと思ってくれる」
そういうものなのだろうか。
田舎(いなか)の町でリディアは、妖精が見えることを公言していたために変人扱いされていた。一方でエドガーは、妖精国|伯爵(はくしゃく)という肩書きを公言しながら、問題なく受け入れられている。
貴族社会が妖精の存在を信じているわけではなく、その名称を代々受け継いできた家系に年季の入ったユーモアを認めているだけだが、そんなふうに受け入れられるのも、エドガー自身が文句なく貴族的に振る舞えるからだろう。
「だからあなたみたいなもとギャングが、堂々と貴族|面(づら)していられるのね」
「そういうこと」
しかしリディアは、貴族みたいに振る舞いたくなどない。それが理にかなっていたとしても、エドガーの思い通りというところが引っかかるのだ。
「あたしをレディに仕立てあげたいのは、単なるあなたの暇(ひま)つぶしでしょう? この仕事部屋だって花束だって、どうかしてるわよ」
「気に入らなかった? 何もかも、きみのイメージでそろえたつもりなんだけど」
「はあ? どこがよ」
「たとえばこの薔薇(ばら)、アイスグリーンの花を咲かせるめずらしい品種なんだよ。ランプの明かりのもとで見れば、ちょうど金緑に輝いて、きみの瞳のようだ」
そばにあった薔薇に唇(くちびる)を寄せる。こちらに注がれたままの熱い視線に、リディアはまぶたに口づけを受けたような錯覚(さっかく)を起こす。
立ちあがったエドガーは、言葉を続けながらリディアの方へ歩み寄った。
「そしてきみは花園の妖精。ここにきみが座ることで、この部屋は一枚の絵のように完成する。思った通りすばらしい風景だ。ああそう、できることならきみのそばに、小さなスミレが咲くことを許してくれないか。いつでもきみを見つめていたい僕の代わりに、キャラメル色のその髪を美しく引き立てると……」
「ああもうっ、わかったわ! だからやめて」
訊(き)くんじゃなかったと、目の前に差し出されたスミレを、エドガーの瞳の色に似た花を、脱力しながら受け取る。
この女たらしに語らせたら、相手が誰だろうとほめ言葉を延々と垂れ流すだろうということを忘れていた。
しゃべり足りなさそうに、エドガーは肩をすくめた。
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