《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.7
リディアが部屋から出ていくのを眺めながら、ニコはクッションの上で身体(からだ)を起こし、椅子(いす)に座り直して足を組んだ。
「あーあ、まるきり伯爵(はくしゃく)の思うつぼだな」
銀のスプーンを手に取り、自分の姿を映しながらネクタイを直す。
妖精族も高等になるほど、鏡に姿を映し出すのも消すのも自由自在なのだ。
よく猫に間違われるのは不本意だが、彼は今のところ、この高貴にも見えるいぶし銀の毛並みと、宝石のような瞳と、りりしいヒゲを気に入っている。
「どうなのかねえ。奴が悪党なのはわかりきったことだし、リディアに悪さしない限りは、おれが出ていくほどのこともないだろうけど」
と言いつつニコは、伯爵としての地位を固めはじめたエドガーの屋敷に、リディアが出入りすること自体は、まんざらでもなく思っていた。
というのも、ここの紅茶はすばらしくうまいからだ。
食事も酒もかなりいい。ロンドンは、空気は悪いしうるさいし、うっとうしい街だが、もうしばらくならいてやってもいいかと思う。
「しっかし、奴のあまったるい芝居を聞かされてるうちに紅茶が冷めちまったよ」
「淹(い)れ直しましょうか?」
部屋に入ってきたのは執事(しつじ)だった。
「ああ、熱いのをたのむよ」
ニコはティーカップを差し出す。
人魚(メロウ)の血を引く執事は、ニコの正体に早々と気づいていた。なのでニコも隠すのはやめた。
エドガーは、かすかに勘(かん)づいているかもしれないが、ニコはまだ気を許すつもりになれないので、いちおう猫のふりを通している。
向こうだって隠していることは多々あるのだから、こちらの秘密をあかしてやる義理もない。
多少の違和感を与えておいて、不可解な存在だと感じさせておくくらいがちょうどいいだろう。
「なあ執事さん、伯爵の奴、何をたくらんでやがるんだ?」
「はあ、と申しますと?」
熱いダージリンを注ぎながら、執事は気のない返事をする。
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