《伯爵与妖精》卷二第二章魔兽的妖精之卵2.5
「だったらあなたも、あたしをあざむこうなんてやめたら? 知ってるのよ、ドーリス嬢(じょう)がいなくなった日、あなたが彼女を馬車に乗せたってこと」
「ふうん、誰がそんなことを?」
しかし彼は動じもせず、あまいせりふの延長のようにささやくのだ。
「あの日あなたは、港へ行ったわ。ドックランドの倉庫街に馬車を止めて、何をしてたの? それから、メイドとはぐれていたドーリス嬢をバザー会場の近くで馬車に乗せて、でも彼女はそれきり姿を消した。どう考えてもあなたがいちばんあやしいじゃない」
「きみは千里眼(せんりがん)なのか?」
「港に住んでた小妖精を、あなた、馬車の屋根に乗せたまま帰ってきたのよ。見たこともない高級住宅街に連れてこられて、途方に暮れてた妖精がお屋敷をうろついてたから話を聞いたの」
直接話を聞いたのはニコだが、まあそういうことにしておく。
さすがに彼は肩をすくめ、居ずまいを正す。
「いくら口の堅い召使いをそろえても、きみと結婚したら浮気もできやしないのか」
「浮気性とは結婚なんてしません」
くす、とかすかな笑いがもれたのは、向かいの席からだ。
「レイヴン、今笑ったね」
「とんでもない」
感情をほとんど見せたことのないレイヴンでも笑うのかと、不思議に思いながらまじまじと彼を見る。しかしすでに、神妙(しんみょう)な顔つきでエドガーの責め立てを否定するレイヴンが、どんな顔をして笑ったのか、想像もできなかった。
ひょっとすると、無表情のままだったかもしれない。
「リディア、たしかにドーリス嬢を馬車には乗せたけど、屋敷の前まで送っただけだよ。彼女に会ったのは本当に偶然だし、いなくなったと聞いて驚いたんだ。彼女をおろしたところを妖精は見てなかったのかい?」
「ええ、残念ながら。しばらく居眠りしてたようよ」
「……役に立たない妖精だ。とにかく、これはうそじゃない。信じてくれ」
もともとの大うそつきを、どうやって信じろというのか。
「じゃあどうして、人助けなんてする気になったの?」
「さすがに気になるじゃないか。屋敷の前でおろしたのに、そこから彼女が消えたんだとしたら……。たしかに僕が疑われても不思議はない。だからこそ、真実を確かめなきゃならないと思ったんだよ」
でも彼のうそは、真実よりももっともらしい。伯爵だなんて大きなうそを本当にしてしまう人だから、リディアには、彼の言葉の真意など見分けられはしないのだ。
「ほかに、あたしに隠してることはない?」
「ないよ」
「またあたしをだましてない?」
「そんなわけないだろう?」
真剣な口調も視線も、うそでごまかすことができる人なのに、疑う気持ちよりも、信じてみたいと思ってしまうのはどうしてだろう。
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