《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.1
複雑そうだし、知ったら余計な問題が身に降りかかりそうだし、何よりそこまでかかわるつもりはない。
貴族の家に生まれ育ち、しかし陰謀(いんぼう)に巻き込まれ、家族とともに死んだことにされた彼は、アメリカの富豪に売られた。そこから逃げ出し、追っ手をかわしながら生きのびるためにはどんなことも厭(いと)わず……。
漠然(ばくぜん)と聞かされたことだけでも、まともに信じたら心臓に悪すぎるから、リディアは半信半疑にとらえている。
だからなにげない世間話の中でさえ、過去に触れる言葉は避けてきたはずだった。
「子供のころ、荘園邸宅(マナーハウス)ではパーティがあるごとに花火が上がっていた。敷地内に自然の湖があって、こんなふうにボートをいくつも浮かべていたな」
その返事に、少しほっとする。悲惨(ひさん)なアメリカでのことを、思い出させたわけではなかったからだ。
けれども、本当なら彼が受け継いだはずの、マナーハウスも広大な土地も、リディアの知らない由緒(ゆいしょ)ある家名も、すべて失ったことを考えれば、つらい思い出かもしれない。
そのとき彼のそばには家族や友人たちがいて、恵まれた容姿の裏に隠すものは何もなく、無邪気(むじゃき)に笑っていたはずだ。
いろいろと考えるものの、それ以上はリディアには、知る必要のないことだった。この人の過去を共有できるとしたら、未来も共有できる人しかいないだろうから。
急に黙り込んだリディアを、エドガーは物足りなさそうに見た。
「もう訊いてくれないの?」
「え?……ええと、あたしべつに、あなたの過去に興味ないもの」
「あ、そう」
ああまた、きつい言い方になってしまった。
「じゃなくて、あの、昔のことよりこれからの方が重要だと思うの。あなたはもう、れっきとした英国|伯爵(はくしゃく)なんだし、過去は、あたしが知るべきことじゃないわ」
上(うわ)っ面(つら)な言い方だと自己|嫌悪(けんお)を感じながら、ひそかにため息をつく。
「なら、ある知人の話をしよう。彼はね、〝妖精の卵(たまご)〟という瑪瑙(めのう)を持っていたんだよ」
エドガーが興味を示した妖精の卵と呼ばれた不思議な石。思いかげない言葉に、リディアは関心を持って振り返った。
「そう、カールトン教授の話を聞いて確信した。彼が持っていたものは、悪魔を封じたという逸話(いつわ)のある妖精の卵に間違いないと思う。でも彼は、子供のころにそれをなくしてしまったんだそうだ」
「どうしてなくしたの?」
「はっきりとは覚えてないらしいんだけどね、霧男(フォグマン)につかまったんだとか」
そして、霧男というキーワードまで飛び出す。どうやら、エドガーがこの事件に首を突っ込んだ真の理由がそこにあるようだった。
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