《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.3
「べ、べつに」
「あのボギービーストのあとをつけたぞ。そしたら、ウォルポール男爵(だんしゃく)家のタウンハウスへ入っていった」
「男爵家って、いなくなったドーリス嬢(じょう)の家じゃない」
「だな。でもって、ボギーにいたずらをさせてたのは、くるくる巻いたオレンジ頭の女だ」
「……ロザリー?」
「名前は知らねーよ。クリモーン庭園(ガーデンズ)でその女、あんたのこともドーリスみたいにロンドンからいなくなればいいとか言ってたな。伯爵(はくしゃく)に近づきたいみたいだぞ、気をつけた方がいいぞ」
エドガーに好意を持っているらしいのは、湖上で会ったときに感じていた。
しかし、彼女がボギービーストを使ったというのは思いがけないことだった。あのとき、リディアに怪我(けが)でもさせるつもりだったのか。
それより聞き捨てならないのは、「ドーリスみたいに」という部分だ。
彼女が、従妹(いとこ)でもあるドーリス嬢を、どうにかしたというのだろうか。
「でもニコ、ボギービーストがどうして彼女の言いなりになってるの?」
「いや、そいつのご主人様は別にいるみたいなこと言ってた。で、本当のご主人様のために、女の子に従ってるようだぜ」
「ご主人様って誰?」
「それもわからないが、女の子はご主人様の存在とか、まるで知らないみたいだ」
妖精の姿が見えたとしても、彼らのことを知らないまま接触するのは危険なことだ。そのせいで昔から、妖精にだまされたりひどい目に合う人がいて、フェアリードクターは助けを求められてきた。
とくに、いたずらをしかける悪い妖精は、わざと人に姿を見せたり話しかけたりすることがある。
見えても見えないふり、聞こえても聞こえないふり、そうすることで危険が回避できると昔の人は知っていたが、このごろはそんなふうに教える人もいないのだろう。
ロザリーという彼女が、ニコの言うようにボギービーストをあやつる影の主人を知らないまま、妖精と接しているのだとすると、妖精に関する知識も理解もないのに、不思議な力を得たようなつもりでいることになる。
彼女にとっては危険なことだ。
ドーリス嬢がいなくなることをロザリーが望んだのだとしても、そこにボギービーストの思惑(おもわく)がからんでいるなら、ロザリーも妖精のしかけた罠(わな)にはまっていることになる。
ドーリス嬢について聞き出すにも、まずロザリーとボギービーストの接触を断たなければならない。
でも彼女が、すなおにリディアの言うことを聞いてくれるだろうか。
今日のあの態度を見ていたら、無理なんじゃないかと思う。
どうやら、ドーリス嬢の件は、思ったよりも面倒な事態がからんでいそうだ。
と考えながらもリディアは、一方で、エドガーが持ち出した〝妖精の卵〟と霧男の話が気になっていた。
占い遊びのガラス玉は、水入り瑪瑙(めのう)とは何の関係もない。なのにエドガーはつなげて考えている。
単なる言葉の関連というには、こだわっているように思える。
なぜなのか。
妖精卵の占いとは関係ないはずの霧男を、ドーリス嬢が怖れていたことと似ているような。
「……あれ?」
一瞬、リディアの中で何かがつながったような気がした。しかしそれが何なのかはつかめないまま、もうわからなくなってしまう。
ただぼんやりと思うのは、エドガーはまだ、何か隠しているのかもしれないということだけだった。
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