《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.4
リディアを守りつつ、襲(おそ)った者をとらえるというエドガーの言いつけは、レイヴンにとってそう難しいものではないはずなのだ。
もちろんレイヴンが言いたいのは、リディアを勝手におとりにするという、無神経なやり方はどうなのかという意味だとわかっている。
彼がそんなふうに気遣(きづか)いを見せるのは、エドガーと自分の姉に対する場合を除けば、これまでにないことだった。
レイヴンの姉、自由を手に入れる直前に死んでしまったアーミンのことは記憶に新しく、思い出せばエドガーの胸も痛む。リディアを利用することに反対していた彼女の気持ちを思えば、レイヴンがためらうのも当然だろう。
しかしエドガーが何もしなくても、リディアがロンドンにいて、伯爵(はくしゃく)家のフェアリードクターという肩書きが人の興味を引くものである以上、そして彼女の能力に金銭的価値を見出すだろう者がいる以上、いつかねらわれる可能性はある。事実、伯爵家に出入りする者をかぎまわっている不審な動きを彼は察知していたし、だからリディアの護衛をレイヴンに頼んでおいたところ、公園での事件が起きたのだ。
あのときは、濃い霧で状況が把握しづらく、犬がいたこともあって、レイヴンは犯人の目的を確かめることまでは気がまわらなかった。
いずれにしろ、不穏(ふおん)なたくらみがあるならさっさとおびき出してたたくべきだとエドガーは思う。敵を見定め、危険を取り除くことは、リディアのためでもあるはずだ。
そしてそれは、何よりエドガーの目的のためでもあった。
「プリンスの手駒(てごま)が誰か、確認するためだ。密輸に船を使い、ときには注文どおり盗品を都合したり、人身(じんしん)売買にも手を出している人物が、このロンドンにいるはずなんだ」
アメリカでエドガーを監禁(かんきん)していた、プリンスと呼ばれる人物は、あやしげな結社の頂点にいる。名前も出自(しゅつじ)も、結社の目的さえ不明だが、彼のもとを逃れてきたエドガーとレイヴンにとって、憎むべき人物だ。
その手下、つまりは、かつて瀕死(ひんし)のエドガーを船に乗せ、アメリカまで運び、プリンスに引き渡した張本人に復讐(ふくしゅう)することが、当面のエドガーの目的なのだった。
条件を満たす人物については、ある程度調べがついている。しかし今のところ、単なる犯罪者かプリンスの息のかかったものか、決め手がない。
「例の人物は、リディアさんをターゲットにするでしょうか。先日の、公園でのことは、偶然の変質者とも判断がつきませんし」
「するはずだよ、特殊な能力のある人間に、プリンスが高い金を払うことを知っている。プリンスのところにいた異能力者のひとりが、僕と同じ船に乗せられてきたことはわかっているし、ここ数年のロンドンでも、霊能力者が何人か消えている。奴がプリンスの手下なら、リディアがフェアリードクターだと知った以上目をつけるはずだ。きっとまた動く」
プリンスに命じられ、エドガーをアメリカへ送った英国人は、単なる便利屋に過ぎないのかもしれないが、直接エドガーにかかわった憎い人物だ。
そしてエドガーは、自分が生きていること、反旗(はんき)を翻(ひるがえ)そうとしていることを、プリンスに示してやりたいと思う。
「もう少しだ。みんなの仇(かたき)を討ってやれる」
苦しいつぶやきに、力がこもる。
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