《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.5
「何だって? リディア、もういちど言ってくれないか?」
「だから、昨日クリモーンガーデンズにいたボギービーストは、ロザリーさんが使ってたみたいなの」
「いや、そのあとだ」
「ドーリス嬢(じょう)がいなくなったことと、ボギービーストは関係あるかもしれないわ」
「じゃなくて」
「妖精のことをよく知らずに接するのは危険だから、そのことも含めて、ロザリーさんに事情を聞いて、あなたから忠告をしてくれないかしら」
なぜかエドガーは、難しい顔をする。女の子を言いくるめるのなんて得意なはずではなかったのか。
「だめなの? 彼女、あなたになら素直に話をしそうだし、忠告も受け入れてくれるんじゃないかと思ったんだけど。どうせまた会うんでしょ?」
「つまりきみは、少しも妬(や)いてくれないのか」
「は……?」
伯爵邸に出勤したばかりのリディアは、仕事部屋へ入る間もなくエドガーにつかまり、サロンで世間話につきあわされていた。
ついでにと、ゆうべ考えていたロザリーとボギービーストのことを話してみたのだが、エドガーの頭の中はさっぱり理解できない。
「なんであたしが妬かなきゃいけないのよ。あなたが誰と親しくなろうと自由だし、これであ爵(と)たしのことあちこち連れまわすこともなくなるならありがたいわ」
ああ、なんだか、エドガーといるほどきつい性格になってしまいそうだ。
「本当にそう思ってる?」
ええ思ってるわよ。だから好きなだけ、ロザリーってお嬢さんでもほかの名家のご令嬢(れいじょう)でも誘えばいいじゃない。あたしにかまってるだけ時間の無駄(むだ)よ。
と言いたいのをこらえたのは、それこそ妬いているように聞こえそうだったからだ。
妬いている、なんてそんなわけはないのだから。
「あのね、そんな話をしてるんじゃないの。とりあえずボギービーストを遠ざけるには、ナナカマドの木でつくった十字架を身につけておくといいわ。それでだめなら、また考えるけど」
「ああ、きみが妖精のことに心を砕くその半分でも、僕に気持ちを向けてくれればいいのに」
広々とした部屋の中、テーブルを挟(はさ)んで座っているエドガーとは距離があってよかったと思う。
こいつのあまい言葉なんか、右から左へ聞き流してやるとゆうべ決意したリディアは、目の前に堅いガードを築いたつもりでエドガーをにらむ。
「そんなにうさんくさそうに見ないでくれ」
「あなたほどうさんくさい人いないじゃない」
きっと簡単に女の子の警戒(けいかい)を解いてしまうだろう笑顔もあまい視線も、はね返してやるんだから、とますます身体(からだ)を堅くする。
「今日は、いつもに増して隙(すき)がないね」
あたりまえでしょう。
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