《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.6
仕事部屋にこもったものの、リディアは不愉快(ふゆかい)な気分に悶々(もんもん)とさせられたままだった。
エドガーとロザリーが外出する馬車が、玄関に横付けされるのを窓辺に見おろしながら、彼がふと顔をあげたのにあわててカーテンを閉める。
「べつに、あいつが軽薄男だったって関係ないじゃない。出会ってすぐキスしようと、誰とそうしようとあたしには……」
振り返りかけ、はっと口をつぐんだ。
というのも、レイヴンがそこにいたからだった。
「な、なんなの? ノックくらいしてよ」
「すみません。返事がありませんでしたので」
聞こえないくらい、腹が立っていたようだ。
「そう……、ごめんなさい。でもあなた、エドガーさま[#「さま」に傍点]について行かなくていいの?」
「リディアさん、エドガーさまはそれほど軽薄ではありません」
まじめな顔で、いきなり彼はそう言った。
聞こえてたのね、とリディアは気まずい気分になった。
「軽薄なのは口先だけです。強引に手を出したりはしません。相手が望んでいるなら別ですが」
そういうのを軽薄って言うのよ。
「ですからリディアさん、エドガーさまをもう少し信頼してくださいませんか。フェアリードクターとして認めていらっしゃいますから、遊びでキスなんてできません。あなたが許さない限りは」
「許すわけないじゃない」
「それならそれで、ご不満はないはずです」
「そ、それはそうよ。あなたが言うとおりならね。でも、信じられないわ。きのうだっていつだって、隙(すき)なんか見せたら何されるかわからないってふうじゃないの。あたしは、フェアリードクターとしてここにいるだけなのに、取り巻きの女の子みたいに扱わないでほしいの」
「賭(か)けてもいいです」
「主人思いなのね」
「逃げなくても、隙を見せても大丈夫ですよ」
エドガーのためなら何でもする。主人の敵や邪魔者を葬(ほうむ)ることよりも、おそらくレイヴンにとっては難しい、リディアをなだめるということまでやろうとしている。
ただその忠誠心に感服させられた。
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