《伯爵与妖精》卷二第四章高贵的恶魔4.7
「失礼ね、リディアさんのことなんか知らないわ! これも、お受け取りできませんから!」
「僕に返してもらってもね。それは、グレアム卿(きょう)からきみへのプレゼントだから」
「おじさまから……?」
わけがわからない。クスッと小さく笑ったエドガーは、ふと、ロザリーには見たこともない青年に思えた。
見たこともない、冷酷(れいこく)な微笑(ほほえ)みだ。
「このホテル、グレアム卿がオーナーだったって知ってた? でも彼には莫大な借金があってね、それもまた、贅沢(ぜいたく)やギャンブルで負けた負債(ふさい)なんだけど、ここも抵当(ていとう)に入っていた。で、僕は彼の債権者(さいけんしゃ)として、ついさっきここを差し押さえたから。この部屋も、グレアム卿が使っていたものだからまだ彼の荷物がそのままになってるけど、おもしろいね、自宅には置いておけないような、興味深いものがいっぱいあるよ」
たとえば、とエドガーは立ち上がり、書類の束を差し出す。混乱しきったロザリーが受け取れずにいると、そのまま床にばらまいた。
「彼は、ドーリス嬢(じょう)のものであるはずの財産を使い込んでいた。もちろん、きみの方も被害にあってるよ。しかしそろそろ穴埋めができなくなってきた。どうするか、と考えたわけだ。まず、ドーリス嬢が姿を消す。きみはふだんから彼女を思い通りにしたがっていたし、しばしば一方的な意地悪をしていたことも、知っている人は多い。そこでだ。きみの派手で見栄っ張りな、気に入った男がいればカモにされているとも気づかず貢(みつ)ぐ、という性格が重要になる。グレアム卿は何度か、きみの浪費を止めるべく、男を追い払ったりしているね。幸い、かどうか熱しやすいが醒(さ)めやすいらしく、貢いだ男のことをきみはすぐに忘れた。しかしそれを逆手にとって、彼はきみがドーリス嬢の財産に手をつけたように見せかけることにした。そしてきみもいなくならば、世間は、きみがドーリスを亡きものにし、隠しきれなくなって姿を消したと解釈する」
足元に散らばった書類のいくつかは、ロザリーが高価な買い物をしたかのように、彼女の筆跡に似せたサインが入っていた。ルビーのネックレスも、彼女の買い物と見せかけるためのものだろう。
「きみの危機についてここまで教えたんだ。僕の質問にも答えてほしいね」
漠然(ばくぜん)と、叔父(おじ)のたくらみを理解しながらも、ロザリーは目の前のエドガーに怯(おび)えた。
この人、いったい何者なの?
やさしくおだやかな美貌(びぼう)の伯爵、そんなふうに思っていたのに、整った顔立ちが今はぞくりとするほど冷たく見える。
あとずさり、逃げようとするが、彼はロザリーの腕を強くつかんだ。「こ……声を出すわよ」
「好きなだけどうぞ。このフロアにはほかに客はいないし、支配人には話を通してある。女の子の悲鳴が聞こえても気にしないでくれってね」
リディアはどこ、と彼はさらに問いつめた。
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