《伯爵与妖精》卷二第五章隔着玻璃的爱恋5.6
やがて馬車は、グレアム卿(きょう)の事務所がある通りにさしかかっていた。
少し手前で馬車を止めたエドガーは、レイヴンが到着するのを待って、馬車の外でなにやら話をしていたが、再び戻ってくると、リディアの瓶(びん)を手に馬車を降りた。
ニコも後からついてくる。
事務所へと入っていき、責任者に会いたいと告げたエドガーの前に、社長だという男が現れた。
「きみでは話にならない。グレアム卿を呼んでくれ」
「ここは私が任されております。ともかくお話をうかがいますが」
「僕が若造(わかぞう)だと思って、バカにしてる?」
いかにも面倒な貴族といった態度で、エドガーは太った中年の男を見くだしつつ威圧(いあつ)する。
「いえ、とんでもない。ただオーナーはこちらに来られることは滅多(めった)にありません。すみませんが、サー……」
「アシェンバート伯爵(はくしゃく)が来たと言えばいい」
「失礼しました、ロード」
「すぐに来ないと、後悔することになると思うけどね」
「……と、もうしますと?」
「きみたちが何を運んでいるのか、知っているってことだ」
その男はあわてた様子で、エドガーを別室へ連れていった。
グレアム卿がまもなくやってきたところをみると、こちらにいないというのはうそだったのだろう。
グレアムが借金をしていた、銀行やカジノから集めた債権(さいけん)は、すっかりエドガーが買い取った。返済の滞(とどこ)っていたそれらを、一気に回収にかかったエドガーのせいで、グレアムは自分の財産をことごとく取り上げられようとしている。
とはいえエドガーはいくつも偽名を持っているために、グレアムは、誰が何のために自分を追いつめようとしているのか、すぐには把握できないでいるだろう。
それでも当然グレアムは、取り上げられるのを少しでも防ごうとしているはずで、この船会社を隠れ蓑(みの)にしようとしているだろうことをエドガーは見越して、彼がここにいるはずだと訪ねたようだ。
「これは伯爵、私にご用とはいったいどういうことなんでしょうか」
応接室に現れたグレアムは、平静を装っていたが、疲れ切った様子ははっきりと見て取れた。
「いろいろ言いたいことはあるのですが、なにぶん急いでいますので、失礼を承知で申し上げる。僕のフェアリードクターを返してもらいたい」
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