魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一 第二章2.5
終着駅で汽車を降りた頃には、あたりは夕闇に包まれつつあった。
たいていの駅は郊外(こうがい)にあるため、駅舎の外には馬車道が一本通っているだけで閑散(かんさん)としている。乗降客は少なく、誰もが急ぎ足で散ってしまえば、リディアたちのほか、近くに人影はなかった。
馬車を連れてくると言って、レイヴンがひとり通りへ出ていく。駅舎の裏手に、馬車の待機所があるはずだった。
「旦那(だんな)、馬車をお探しで? どちらまで?」
そのとき、建物の陰から現れた男が声をかけてきた。
「いや結構。召使いが馬車を呼びに行っている」
エドガーはそっけなくあしらう。
「まあそう言わずに、お安くしときますぜ」
そう言いながら近づいてきた男は、いきなりリディアの腕をつかんだ。
声をあげる間もなく、のどにナイフが突きつけられる。
エドガーとアーミンが身構える。しかし気がつけば、物陰から現れた男たちに周囲を取り囲まれていた。
「動くなよ、サー」
声の方に振り向けば、フロックコートの下に隠したピストルをちらりと見せながら、男がひとり進み出た。
ハスクリーだった。
「ああ、ハスクリー君か。きみにそんな名前があるとは知らなかったが」
エドガーは、バカにした口調で言う。
リディアにやさしく声をかけたあのハスクリーとは別人のように、彼は恐ろしい形相(ぎょうそう)でエドガーをにらんでいた。
「何を気取ってやがる。貴族ごっことはあきれるな」
「ごっこじゃないよ。それにね、僕は『サー』ではなく『ロード』だ。間違えないでくれ」
「ふざけるな! 父の金で豪遊か?」
「君の父上がくださった慰謝料(いしゃりょう)は、悪いけどはした金だったよ。とても納得はできないが、まあいいさ。金に困っているわけじゃない」
「慰謝料だと? ごっそり奪った上に、父が探していた宝石まで奪うつもりか? おまえのせいで父は……」
「彼が病院で生死の淵をさまよっているのは、きみがむやみに発砲(はっぽう)したからだ。僕に向けて撃ったって、後ろの父上に当たるかもしれないことくらい、自分の腕前を考えれば明白だろう? なのにまるで、僕がやったかのように吹聴(ふいちょう)するとはね」
「うるさい、黙れ! 二度とその、えらそうな口をたたけないようにしてやる!」
あっけにとられながら、リディアはふたりの会話を聞いていた。
いったいどういうことなのか。エドガーが、ハスクリーの父親のお金と宝石を? ハスクリーが発砲して父親に当たった?
「いいか、カールトン嬢(じょう)は我々に協力してもらうからな。おい、そいつらを縛り上げろ。警察に突き出して、縛り首にしてやる」
「ああ、それできみと父上の罪も明らかになる。一緒に処刑台へ行くか? それとも、そちらが先かな」
エドガーが言うと同時に、リディアのすぐそばで黒い影が動いた。
ひそかな羽音がたてる風のように、リディアの頬をかすめた影は飛ぶ。
リディアを拘束していた男が、声も立てずにその場に崩れた。首がねじ曲がり、すでにこときれている。
影はさらに舞う。
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