魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第三章3.6
「落ち着いてください。メイドにお茶を淹(い)れてもらいましょう。それから、できることを考えてみた方が」
ラングレーは、師匠の扱いにはいくぶん慣れていた。研究以外はまるで無能と実の娘に評されるカールトンは、弟子から見てもそんなところがある。痩(や)せぎみの身体(からだ)、服装にも髪型にも無頓着(むとんちゃく)、書物を広げながら大学内を歩けば、溝にはまり木にぶつかり犬に噛(か)みつかれるといったありさまだ。
しかしそんなことは、教え子たちにとって教授の真価にかかわるものではない。
「ああ、そうだね。君のいうとおりだ。取り乱してすまない」
少しだけ冷静になって、カールトンは考えた。
もしも誘拐などという大事ではなく、ちょっとしたトラブルで到着が遅れているだけなら、待っていればいずれ解決するだろう。
リディアはしっかりした娘だし、だからこそ彼は、離れて暮らしていてもさほど心配したことはなかった。そのうち連絡が入るか、ひょっこり現れるに違いない。
けれどもし、事件に巻き込まれたとしたら。
相手が強盗犯なら、金目当てに脅迫してくるかもしれない。それまでこちらは、動きようがない。
それとも金目当てではなく、逃亡のための人質なら、用が済めば解放されるのか、それとも……。
考えるほどに、カールトンは恐ろしくなる。ブランデー入りの紅茶も、気持ちを落ち着けてはくれない。
「ゴッサム邸を襲(おそ)った強盗犯……ですか、もし本当にそうだとしたら、奇妙なつながりですね」
弟子の言葉に、カールトンはふと顔をあげた。
「つながりとは?」
「だってほら、ゴッサム医師といえば、何度か大学にいらしたことがあるじゃないですか。教授に、幻の秘宝について訊(たず)ねていらっしゃった」
カールトンは、博物学の中でも鉱物に通じている。とくに宝石には詳しく、現存している宝石だけでなく、かつて存在したもの、伝説や幻の範疇(はんちゅう)に含まれるものまで、系統づけ分類しようとしている。
たとえば、栄光をもたらすというアレキサンダーのエメラルド、あるいは破滅をもたらすというクレオパトラのルビー、果てはさらに謎めいた、カサンドラの水晶、サロメのジャスパ――、ソロモン王のアイオライト。
あくまで、自然界が生み出した奇跡の遺産を総合的にまとめようとする試みの一環で、先頃はやりの神秘主義的(オカルティック)な意向はない。
だがそういった方面から、質問を受けることは多々あった。
そんな中に、ゴッサム医師の名前を、ようやくカールトンは思い出す。たしか、幻のスターサファイアについて訊ねてきたのだった。
「ああ、そういえば。〝メロウの星〟という石が本当に存在するのかと興味を持っていたあの紳士か」
「本当にあるんでしょうか?」
「まあ伝説だからね。三百年ほど前にはたしかにあったようだ。アシェンバート伯爵(はくしゃく)という実在の人物が所有していた。しかし彼が、というか、その伯爵本人のことかどうか微妙だが、それをメロウにあずけて姿を消したという話は、かのF・ブラウンの『青騎士伯爵』の追記にしか出てこない。あれは創作だという話もあるから、確たる証拠(しょうこ)にはならないし、伯爵は外国へ出かけたきり行方(ゆくえ)知れずという記録もあるから、宝石も一緒に失われたかもしれない。たとえば、船が難破でもすれば、何もかも海の底だ。メロウというロマンチックな話は、そこからきたのかもな」
だがそれと、リディアがいなくなったことと、関係があるのだろうか?
ゴッサム邸に押し入った強盗が、リディアをねらう?
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