魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第六章6.6
「きゃあっ!」
リディアが悲鳴をあげたのは、落ちかけたその男が彼女の足首をつかんだからだ。
リディアの腰に腕をまわし、彼女が引きずられるのを防いだエドガーは、なんとかはい上がろうとしている男の腕を踏みつけた。
「さわるんじゃないよ、下衆(げす)野郎」
あっという間に蹴り落とす。
かろうじて、垂れ下がった吊り橋のロープにつかまった男は、宙づりになりつつも罵倒(ばとう)の声をあげたが、あっけにとられながらリディアは、エドガーのことを、やっぱり怖い人だと思った。
敵なら情け容赦(ようしゃ)は必要ない、そんな世界に住んでいるのだ。
まったくの悪人などいないと信じたくて、やさしい言葉を鵜呑(うの)みにし、すぐに同情するリディアは、隙だらけに見えるだろう。
剣を奪って切りつけるなんて、無理ではないのか。
「おい、教授がどうなってもいいのか!」
落ちてしまった吊り橋の、深く暗い穴に隔(へだ)てられた向こう岸で、ハスクリーが叫んだ。
「父さま!」
ハスクリーは、カールトンを前方に引きずり出す。
「お嬢さん、宝石を取ってくるんだ。でないとこいつを、ここから突き落とすからな」
手出しのできない場所で、ハスクリーがいくら騒ごうと関係ないからか、エドガーは我関せずといった様子で、ドアの奥へと進み始めた。
「待って」
リディアはあわてて彼を追う。
「父さまを助けて、約束したでしょう?」
「宝石を渡したとしても、あいつが父上を無事帰すとは思えないな。きみのことも、犯罪の証人だ。まとめて殺されるよ」
「でも、このままじゃ……」
「まだ宝剣は手に入っていない」
それどころではないとでもいうのか、エドガーはじっと前方を注視していた。
そこは、広い天然の洞窟(どうくつ)のような場所だった。
張り出した岩がじゃまで奥の方まで見渡せないが、向こうがぼんやりと薄明るいのはわかる。
外の明かりがもれているのだろうかと思ったが、違っていた。何かが淡く発光しているのだ。
エドガーはゆっくりと近づいていく。リディアも離れずについていく。しかしふたりとも、同時にふと足を止めた。
明かりに包まれた場所に、動く何かが見えたからだった。
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