魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第六章6.5
ドアの向こうは酒蔵(さかぐら)だった。とはいえ、人間のための酒蔵とは思えない。こんなに地下深くにあるのは、このあたりに棲(す)む何かのために、城を建てた人物が用意したのだろう。
酒蔵は、酒好き妖精クルラホーンの寝床だ。ここにクルラホーンらしき住人は見あたらなかったが、詩の意味はここを指していると思われた。
どこからともなく水音が聞こえてきていた。
波の音、そしておそらく、海へと流れ込む地下水の脈が近くを通っている。
メロウの棲みかが近いのなら、ここはメロウの酒蔵かもしれない。
そして酒蔵の奥は、三方向に道が分かれていた。
「どちらへ行けばいいんだろう」
「どんな様子か見てきましょう。ここでお待ちください」
壁にかかっていたランタンに火を移せば、酒蔵の中は蝋燭(ろうそく)一本よりも明るく、広さもあるため閉塞感(へいそくかん)は薄れる。
だからレイヴンは、再び狭(せま)い通路へリディアを連れていくよりはと、ひとりで見に行くことを申し出たようだった。
「気をつけるんだぞ」
レイヴンが通路の奥へ消えると、エドガーは、並ぶ酒樽(さかだる)を手持ちぶさたにたたいてみたりしていた。
「樽はどれもカラだね」
城の主人がいなくては、メロウに酒をふるまう者もいないということか。
リディアは壁際に座って待つ。と、ふわふわしたものが腕をくすぐった。
「リディア、おれだ」
ひそめた声は、ニコだ。姿を消したままのニコが、リディアのひざに飛び乗った。
「いいか、よく聞けよ。この島に棲むブラウニーが、一緒に酒を飲んだ男メロウから聞いたことだ。メロウは何百年も戻ってこない伯爵(はくしゃく)を待ちくたびれている。このさい誰か、宝剣を持っていってくれないものかともらしたそうだ。誰でもいいってわけにはいかないだろうと、ブラウニーが言ったところ、『伯爵とは星とひきかえにすると約束した、条件さえそろえばいい』『星って空の星か?』『メロウの海に瞬(またた)くのは、海で死んだ人の魂さ』……条件をそろえるってのは、宝剣の場所までたどり着くことだろう。そして誰かをメロウに差し出せば、泥棒だろうとメロウは宝剣を渡しちまう可能性があるってことだ」
妖精と人間の間で、たいていの場合重要なのは契約(けいやく)だ。情(じょう)や義理などというものは、人間どうしの間でしか成立しない。メロウが伯爵を領主と認めているとしても、それは青騎士|卿(きょう)との取り引きの結果で、彼らが宝剣を守るのも、契約があるからだ。
彼らは契約を破ったりはしない。しかし、契約を守る以上のこともしない。伯爵の子孫かどうかを確認する方法が、金貨と銀の鍵(かぎ)を持ち、宝剣の隠し場所まで到達することなら、メロウはそれ以上、宝剣を受け取りに来た人物の素性(すじょう)を疑わないということだ。
リディアはエドガーの目を気にしながら、さりげなく頷(うなず)く。ニコは続けた。
「宝剣のありかはすぐ近くなんだろ? 見つけたら、あの貴族より先に剣を取れ。それで奴に切りつけろ」
え? 思わず声が出そうになるのを、どうにかこらえた。
「それがメロウに対する合図だ。少しでも傷をつけることができればいい。剣を濡らした血、そいつがメロウの餌食(えじき)ってことになるらしい。じきにハスクリーたちが、先生を連れてこっちへ来るが、混乱するなら好都合だ。貴族さまがハスクリーたちを相手にしているうちに、あんたは青騎士卿の宝剣を見つけて取るんだ、いいな」
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