《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.2
そこはロンドンでも、屈指(くっし)の豪邸が並ぶメイフェア地区。その一画(いっかく)に、エドガー·アシェンバートの邸宅(パレス)はあった。
ひと月ほど前に英国に帰国したばかり、ということになっている、弱冠(じゃっかん)二十歳(はたち)の伯爵が買い上げた白亜(はくあ)の建物、その中の一室が、リディアの仕事場だ。
顧問|妖精博士(フェアリードクター)として、強引に伯爵家に雇われることになった十七歳の少女は、ここに通いはじめて二週間になる。
妖精国(イブラゼル)の領主として英国伯爵の位を持つエドガーは、しかし本物のアシェンバート家の血筋ではなく、素性(すじょう)の知れない人物だ。貴族の出であることは間違いなさそうだが、妖精のことなどまるきりわかっていない。
ほとんどの人間がそうであるように、彼も妖精の姿を見分けることができないし、声を聞くこともできないが、伯爵家の所有地として受け継いだ土地には妖精たちが住んでいて、彼を領主と認めているからには、フェアリードクターに頼る問題が生じることもあると考え、リディアを雇うことにしたらしい。
妖精と人間が隣り合って暮らしていた時代から、妖精に関する知識と交渉能力を持つフェアリードクターの仕事は、両者の間を平和に取り持つことだった。
しかし現在、十九世紀ともなっては、妖精の存在はおとぎ話の中に押し込められ、彼らが隣人(りんじん)だったことなど誰もが忘れかけている。フェアリードクターという存在も、もうめずらしいくらいだ。
だからリディアが故郷の町で、フェアリードクターを名乗っても、仕事の依頼はおろか、変人扱いされるだけだった。そんな時代に、正式にフェアリードクターとして雇われたのだ。まだまだ未熟なリディアには畏(おそ)れ多いくらい名誉ある地位だといえたが、とてもじゃないがありがたい気がしないのは、何を考えているのかわからない雇い主のせいだった。
今日もリディアは、仕事部屋だということになっている部屋のドアを開けたとたん、脱力感に見舞われた。
一面、花束だらけだったのだ。
「なによこれ……」
「旦那(だんな)さまからの贈り物です」
背後からの声は、執事(しつじ)のトムキンスだ。ずんぐりした身体に似合わぬきびきびした動作で、さらにひとつ、大きな花瓶(かびん)を窓際に置いた。
「本日旦那さまはお出かけですので、リディアさんにはごゆっくりお過ごしくださいとのことでございます」
エドガーが留守と聞いて、リディアはほっとしていた。
「なら今日は、どこにも出かけなくていいのね」
なにしろ毎日のように、観劇だのお茶会だの演奏会だの、エドガーの娯楽につきあわされている。いったい、それのどこがフェアリードクターの仕事なのかと言いたいが、うまく言いくるめられたまま二週間が過ぎてしまった。
リディアはまだ、まともに仕事をしていない。しかしエドガーは、はたして仕事をさせるつもりでリディアを雇ったのだろうか?
まるで彼の玩具(おもちゃ)だわとリディアは思う。
この部屋だって、とても仕事部屋だとは思えない。
萌葱(もえぎ)色を基調にしたカーペットや壁紙、上品なレースと刺繍(ししゅう)で飾られたソファにクロス、たっぷり襞(ひだ)を取ったシルクのカーテン。
キャビネットに並んだガラス細工や陶器(とうき)の人形からしても、年頃の令嬢(れいじょう)の私室といった様子だ。いったいどういうつもりなのか。
「それから、衣装がいくつか届いておりますので、寸法(サイズ)に間違いはないかご確認ください」
「え、衣装?」
立ち去りかけたトムキンスを呼び止める。
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