《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.4
が、急に男は、身体(からだ)を硬直させて動きを止めた。そのまま崩れるように、その場に倒れる。
流れ出す血が地面を真っ赤に染めていくのを、すぐそばに突っ立ったまま無表情に眺めているのは、褐色(かっしょく)の肌の少年だった。
リディアは彼を知っている。歩く武器みたいな異国の戦士。エドガーの忠実な従者だ。
「きゃあ!」
気がつけば、リディアの目の前に猛犬の牙があった。
はっと振り向いた少年のナイフがひるがえる。一撃でのどを切り裂(さ)く。
間髪(かんはつ)を入れず、リディアの前に回り込んだ彼は、飛びかかってくる犬を次々になぎ払った。
「行きましょう、リディアさん」
「でもあの、レイヴン、どうしてあなたが」
「早く、この場を離れた方がいい」
促(うなが)され、彼のあとについて走る。
ようやく、まばらながら人が行き交う場所まで来ると、リディアは急に気分が悪くなった。
緊張が解けたものの、薬品と血の匂いとが、まだまとわりついているようだったからだ。
衣服や髪を確かめるが、少しも汚れていないのに、見えない返り血を浴びたような気がしている。
レイヴンに助けられたのはたしかだが、感謝するよりも恐ろしいと思うのは、彼の容赦(ようしゃ)ないやり方のせいだ。
もうちょっと手加減するとか……、と言いたいけれど、彼にとってその判断基準が、リディアの感覚とはかけ離れているらしいことは知っていた。
「レディ、どこかお怪我(けが)を?」
「いえ、……大丈夫よ」
今は触れられたくなくて、リディアはどうにか背筋を伸ばした。
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