《伯爵与妖精》卷二第二章魔兽的妖精之卵2.2
父と話す男性の声がするのは、弟子のラングレー氏が来ているようだった。
「ああ、リディアお嬢さん、おじゃましています」
「こんにちは、ラングレーさん。ちょうどよかったわ。ビスケットが焼けたの、召し上がっていってくださいな」
「それはありがたい。ねえカールトン教授、リディアさんがいらっしゃるだけで、この家もずいぶん明るくなりましたよね」
「そんなにこの家は暗かったかね?」
石や骨格標本や珍獣(ちんじゅう)の剥製(はくせい)が、居間に散乱している家では、ふつうの感覚の客は五分で退散するだろう。
「暗いというより、ご婦人には近寄りづらいですよ。骸骨(がいこつ)だけでもしまったらどうです? リディアさんのためにも」
カールトンは純粋に、心外だという様子で、まるい眼鏡(めがね)を押し上げながら部屋を見まわした。
「私には落ち着ける空間なんだが、リディア、やっぱり気味が悪いかな?」
「いいえ父さま、ちっとも」
「はあ、さすがは博物学者のお嬢さんだ。あなたのように理解のある女性ばかりなら、独身に甘んじている学者たちにも幸運が訪れるんですけどね」
そう言うラングレーも、二十七歳独身だ。
「おや、君はリディアを口説(くど)きに来たのかね?」
「教授、もしかして心配なさってます? 僕などでも気になるのでしたら、リディアさんが恋人を連れてきたら大変なことになりそうですね」
「リディアはまだまだ子供だよ」
ここへ来てカールトンが、リディアを子供扱いしたがるようになったのは、離れて暮らしていたひとり娘がすでに年頃だということに、急に気づいたせいだろうか。
あの天然口説き魔伯爵の、リディアに対する態度は、カールトンにかなりのショックを与えているようだった。
メイドがお茶を運んでくると、早速ニコが口をつける。リディアの隣に座って、カップとソーサーをつまみ上げるニコは、しかしラングレーの視界には入らない。猫がいることは気づいているかもしれないが、驚かないのはきっとそれ以上は認識していないからだろう。
もっともニコの話によると、かつては母の相棒だったニコが言葉をしゃべる不思議な猫だということに父が気づいたのは、結婚して二年も経ってからだというから、ラングレーの場合もそういう人なのだろうと思う。
同じ学問を志すせいか、父とラングレーはどこか似ているとリディアは思う。
ちょっと頼りなさそうなところとか。学者としては立派でも、ほかのことには不器用そうなところとか。
ビスケットを口に入れ、まあまあのできだと満足しながらリディアは、にこやかな父を眺めながら、休日の午後のおだやかなひとときにひたる。
日曜日は何がいいって、あの悪党の紳士|面(づら)を見なくていいところだわ、とつくづく思う。
しかしそのひとときは、メイドのひとことで消え去った。
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