《伯爵与妖精》卷二第三章牛奶糖与橘子3.8
「おれが何者か先に言えって? おまえが何かわからねえのに正体がばらせるかよ。フェアリードクターに会わせろ? 信用できないからおれがまずおまえのことを確かめてるんだよ。は? おまえこそ信用できないって言われてもな」
なかなか強情(ごうじょう)だ。
どうやらこいつは、あちこちで缶を開けろと暴れたために、気味悪がられて誰にも開けてもらえなかったらしい。そこで静かにしていた方がいいと考えたが、今度は獣くさい妖精が自分のことを食べようとしていると感じて警戒している。
おまえなんか食うかと、ニコは言ってやったが、缶詰などという不気味なものを食べようとする妖精がいるということの方が、こいつには信じられないようだ。
人間にしか開けられない缶詰、そして妖精にとって信用していいと思える人間となれば、フェアリードクターしかいない。だからフェアリードクターによる仲裁(ちゅうさい)を、缶の中身は求めているが、ニコにしてみれば、こいつが悪意をもっていないと言いきれないところが問題なのだ。
出してやったとたんリディアに危害を加えられては困るから、押し問答をくり返しながらねばっているのだった。
そして結局、対話は要領を得ないまま終わる。密封されて力を閉じ込められているから、缶の中のものはいまひとつ元気がない。覚醒している時間が短く、すぐに眠り込んでしまうので、これでまたしばらくは話ができなさそうだった。
しかしこれがニコのことを、よほど警戒しているのもわからなくもない。誰かにだまされてこんなことになったのなら、警戒心も強くなるだろう。
かわいそうな気もするが、こいつが悪いもので、そのせいで誰かに閉じ込められたのだとしたら出してやるわけにはいかない。リディアに話してみるかどうかも、微妙なところだ。なにしろ彼女は、筋金入りのお人好し、危険よりも哀れに思って出してしまうに違いない。
だからニコは、これの声がリディアの耳に届かないよう、注意深く箱の中に入れて、クローゼットの奥に隠しておいたのだった。
そのとき、ノックもなく部屋のドアが開いた。ニコは缶詰をあわててテーブルクロスの下に放り込み、椅子(いす)に座り直す。何気なくティーカップを持ちあげたが、入ってきたのはエドガーだった。
ああクソッ、間違ったじゃないか。
猫のふりをしなければならなかったのに。
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