《伯爵与妖精》卷二第五章隔着玻璃的爱恋5.1
『死体ですか?』
部下のひとりが問う。失礼ね、とリディアは思う。
『いや、眠っているだけのようだ。しかしこの娘、アシェンバート伯爵(はくしゃく)と一緒にいたフェアリードクターじゃないか』
『フェアリードクターって何ですか?』
『よく知らないが、霊媒師(れいばいし)や占い師みたいなものだろう。不思議な力があるらしいが』
違うわよ、と言いたい気持ちをこらえ、リディアは彼らの様子を見守っていた。
『そういえば、サー、先日〝|犬使い(ドッグテイマー)〟って奴に依頼したんじゃなかったですか? フェアリードクターって娘をさらってくるようにって』
えっ?「犬使い」ってまさかあのときの、霧の公園に現れた……。
『ああ、しかし奴は殺された。伯爵家には腕の立つ者がいるらしいとわかって、これまで誘拐(ゆうかい)を引き受けていたごろつきどもが及び腰になってしまったからな、新たな請負人(うけおいにん)を探していたところだった』
『ありふれた娘に見えますが、本当に高く売れるんですか?』
『あの男は、不思議な力のある人間なら、どんなに高値でも買う。伯爵家顧問という肩書きまでついている娘だぞ、何らかの能力があるのはたしかだろう。まとまった金を得るには格好の獲物だ』
どうやら、誰かに売りとばそうというつもりらしかった。
どうしよう、とあせりながらも、瓶の中のリディアには、どうすることもできなかった。
『あの男が命じるとおりに、盗品や密輸品を運んでいるだけでは、リスクが大きいだけで大した金にならない。下賤(げせん)の子供も高値はつかない。これまで売った異能力者は、たいした力もなくお気に召さなかった様子だし、ここらで機嫌をとっておきたい』
『では、これがその娘だとすると、このうえなく好都合ですな』
『ロザリーが嫉妬(しっと)して、この娘を閉じこめたのだとドーリスが言っていたな。なら、ロザリーさえ黙らせれば、誰もこの娘の行方(ゆくえ)を知らないということか』
ああもう、やめてよ、さわらないでよ!
そう思いながらもリディアは、自分の身体が運び出されるのを眺めているしかなかった。
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