《伯爵与妖精》卷二第五章隔着玻璃的爱恋5.1
ガラス越しの想い
転がされた瓶(びん)の中で、リディアは悲鳴をあげた。壁にぶつかって瓶が止まり、したたかに背中を打つ。
「痛(い)った……、もう、何するのよ! このチビ! ハゲ! でべそ!」
ガラス瓶をもてあそぶボギービーストを罵倒(ばとう)するが、それは何を言われても、腹を抱えて笑うだけだ。
もっともリディアも、本当に痛いわけではない。魂だけ瓶詰めにされた彼女は、自分の身体(からだ)が小さくなって瓶の中に入れられてしまったような感覚だが、あくまでそれは、リディアのイメージに過ぎないのだ。
瓶と一緒に転がる感覚も、頭をぶつけたと感じるのも、イメージだ。
そうわかっていても、痛い気がする。
しゅっと身体を縮めたボギービーストは、リディアと同じくらいの大きさになって、瓶の外で小躍(こおど)りした。
(バカなフェアリードクターだ。オレさまをつかまえようなんてするから、こんな目に合うんだぞ!)
わかっていたはずだった。妖精をつかまえようとすれば、彼らの世界に踏み込むことになる。そのときはリディア自身も、彼らの法則に支配される。
ボギービーストと同じように、髪の毛一本で封じ込められる危険に身をさらしてしまったのだ。
(さあて、どうしようかな。このままおまえを河へ捨ててやろうか?)
さすがに怖くなった。そうなれば、どことも知れない大海を、永遠に漂うことになるかもしれない。
そのとき、ボギービーストがギャッと叫び声を上げた。
リディアの目の前で、ふさふさした毛のかたまりに押しつぶされたのだ。
ガラス瓶の壁に張りついて見あげれば、巨大な灰色の猫が足元にボギービーストを踏みつけながらにんまり笑った。
「ニコ!」
「何やってんだよ、リディア。こんな奴の術に引っかかったのか?」
ニコは何度もボギービーストを踏みつけ、蹴り飛ばすと、それは壁にぶち当たってぱっと消えた。いわば気を失ったようなもので、時間が経てば再生するだろうが、しばらくはもとに戻らないはずだ。
ともかくいやな奴の姿が消えて、リディアはほっとした。
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