《伯爵与妖精》卷二第五章隔着玻璃的爱恋5.2
「では、リディアさんも男爵(だんしゃく)令嬢(れいじょう)と一緒に?」
「その可能性はあるな」
考え込んだらしいエドガーが、暗がりでも目立つ金髪をかきあげる。外套(がいとう)に身を包んだ、すらりとした体躯(たいく)を薄汚れた柱にもたせかけ、深刻そうにつぶやいた。
「プリンスの手に渡ったらどうにもできない。船が出る前に、ロンドンの港で取り戻さないと」
プリシスの?
グレアムが言っていた「あの男」とは、やはり「プリンス」という人なのか。エドガーが、そこまで知っていたということは……。
リディアはさすがに、いやな予感がしていた。
「リディアをおとりになんかするんじゃなかった」
おとり?
「しかしエドガーさま、この場合は不可抗力(ふかこうりょく)です。グレアムがリディアさんに特殊な能力があるとは知らなくても、ここでドーリス嬢と一緒にいれば、当然連れ去られたでしょう」
「そうだけれど、知られているということは、奴はリディアを厳重に監禁するだろうし、確実にプリンスに売りつけるということだ」
「おとりってどういうことよ! ちょっとエドガー、あたしをグレアム卿にさらわせるつもりだったってこと?」
思わずリディアは叫んでいた。
「……リディア?」
「まさか、人が隠れられるような場所は……」
レイヴンの言うように、人が入り込めるとは思えない隙間(すきま)をあえて覗き込んだエドガーは、ガラス瓶(びん)を抱きかかえた灰色の猫を見つけただろう。
「ニコ? 今の声はきみ……じゃないよな」
「どうすんだよ、リディア」
ぼやきながらニコは、隙間から出ていく。
「しかたがないから説明するわ。あたしの声が聞こえるみたいだし」
信じてくれるのかね、となげやりながら、二本足でエドガーの前に立ったニコは、ずいと瓶を頭上にかかげた。
「でもまず、エドガー、あなたの方からしっかり説明してもらうわよ。おとりの意味をね!」
リディアの声がする瓶を見おろし、彼は眉根(まゆね)を寄せ、まばたきをくり返した。
「レイヴン、何か見えるか?」
と、レイヴンの方に振り返る。
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