魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一 第三章3.1
ニコから受け取った粒を手に、リディアは立ちあがった。
はずれかけた木戸をくぐってあばら屋に入れば、エドガーは、狭(せま)い部屋の隅で、疲れ切ったように壁に寄りかかって座り込んでいた。
弱り切った怪我人に見えれば、このまま逃げ出すのがためらわれるほどだ。
危険な人に見えないと思うのは、あまい考えだろうか。
暖炉(だんろ)には火がともっている。彼がマッチを持っていたのだろう。壊れた椅子(いす)や、さまざまながらくたが薪(まき)の代わりに赤々と炎を立てていた。
「あんまり動くと、傷によくないわよ」
外へ出ていったリディアが、戻ってきたことを不思議に思っているかのように、顔をあげた彼は少し首を傾げた。
そんなふうに見せかけているだけかもしれないが。
「火をつけただけだ」
リディアは、水を張った鉄鍋を、暖炉にかける。それからエドガーの方へ少し歩み寄った。
「痛む?」
「少しね」
「コンフリーよ。葉を揉(も)んで傷口に貼っておくといいわ。止血と殺菌の効果があるから」
薬草を、彼女はエドガーの前に差しだした。
しばし戸惑い、何か言いたげに目を細めた彼は、けれど黙ってそれを受け取る。
「暗いのに、よく見つかったね」
「そのことなんだけど、あなたのカフスをひとつくれない?」
「ああ……、薬代か」
シャツのそで口から、ガーネットのついたカフスをはずす。どこかなげやりに、リディアの方へ放り投げる。
「誤解しないでね。もらうのはあたしじゃないの」
言ってリディアは、それを窓から放り投げた。
「外に誰かいるのか?」
「妖精よ」
「それはまた、ありふれた野草にふっかけてくれる」
「だって今はまだ、それだけ育ったコンフリーはないわよ」
少ししんなりとした草をじっと眺め、エドガーは急にくすくすと笑い出す。
「これがきみの、妖精との交渉能力?」
「なによ、あたしの妖精話がおかしいの?」
「いや、……今一瞬、妖精を信じそうになった自分がおかしいんだ」
「その程度では信じられないってこと?」
「さあ、どうなんだろう。それよりも僕は、きみがまだ目の前にいることが信じられない」
そんなふうに、弱気な態度に出られると、逃げようとしている自分の方が悪人に思えた。
リディアの代わりに負った怪我でもあるのに、弱っている人を置き去りにするのだ。だからせめて傷の手当てをして、それから逃げ出すつもりなのよと、リディアは言いわけのように心の中でつぶやく。
レイヴンとアーミンだって、ハスクリーと同様、馬車を追っていくに違いないのだから、あせる必要はないし、夜明け間近の方がリディアも危険な暗闇を歩かなくてすむ。
けれどもこんなふうに、気持ちがゆれるのもおかしな話だ。
だって、だまされたのはあたしの方なのに。
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