魔幻小说:《伯爵与妖精》卷一第五章5.4
「……もしかして、レイヴンの精霊のこともそんなふうに考えてる?」
「レイヴンの? ああ、あいつがきみに話したの?」
「ええ、恐ろしい精霊に、生まれつき支配されてるって」
「へえ、めずらしい。レイヴンはきみを気に入ったようだね。同じように妖精にかかわる者だからかな」
気に入られてるわけないわ、とリディアは思うが黙っていた。エドガーに不利になることをしないよう、釘を刺されているだけだ。
「レイヴンの精霊がいるかどうか、僕にはわからない。ただ彼がどういう人間で、何が必要で、僕に何ができるのかがわかっていればいいだけだ」
だから精霊ごと引き受けた。怖いもの知らずだわと、リディアは思う。
でもそれは、心が強い証拠(しょうこ)なのかもしれない。世界がどれほど、彼にとって未知なものであっても動じないという神経。重要なことは、自分にできることをするだけだと割り切っている。
自分にとってたしかな現実を持つことは、あたりまえのようでいて案外難しい。人の心は惑わされやすいものだから、魔物の付け入る隙(すき)もある。けれど彼のような人なら、悪(あ)しき者たちの接触にも流されにくいことだろう。
たとえ妖精が見えなくても、彼が本当に青騎士|伯爵(はくしゃく)の血筋ならよかったのにと、気がつけばリディアは考えていた。
そうだったなら、心から協力できるのに。
「とにかく、ここがスパンキーのゆりかごには違いなさそうだね。とすると、次は〝月夜にピクシーとダンス〟、これは?」
「あ、ええと、ピクシーがつくるフェアリーリングのことだと思うわ。月夜に妖精が踊った輪が、草の上にできるの」
「輪ね、たとえばあんな?」
エドガーが指さしたのは、芝生(しばふ)の上に石がまるく並べられている場所だった。
「そうね、そうかも」
近づいていくと、エドガーはかまわず輪の中へ足を踏み入れた。
「あっ」
リディアが思わず声をあげ、彼は振り向く。
「何?」
「……ううん、本物のフェアリーリングじゃなかったんだわ」
「本物だったらどうなるんだ?」
「妖精につかまっちゃうことがあるから」
「へえ、そうなのか。それにしてもリディア、見てごらん。この位置からだけ風景が変わる」
リディアもそっと輪の中に入ってみた。すると、乱雑に植わっているかのように見えた周囲の木々が、すっと一直線に並ぶ。その先に、今まで枝葉に隠れていた建物が姿を現す。
城の建物、そこには、人を招くかのように扉がついていた。
いや、近づいてよく見れば、扉が描かれているだけだ。壁には小さな埋(う)め込みの採光(さいこう)窓しかない。
「これじゃあ中へ入れないわ」
「どうせ鍵(かぎ)は正面玄関のものしかない。そこから入って、建物内のこの位置を調べてみればいいよ」
ふたりで戻ろうとしたときだった。
近くの茂みが、不自然にがさりと動いた。
現れたのは黒い服の男たちだ。
ゴッサム家の兄弟たち、その中からハスクリーが進み出、目の前に立ちふさがる。彼は周囲を見回し、レイヴンとアーミンがいないのを確認しつつにやりと笑った。
「やあジョン、また会ったな」
「きみもしつこいね」
エドガーはうっとうしそうに片方の眉(まゆ)を上げた。
「〝メロウの星〟はこの城のどこかにあるようだな。あとは俺が見つけてやる。おとなしく彼女を解放するんだ」
「解放? 妙なことを言う」
「おまえはカールトン嬢(じょう)を誘拐(ゆうかい)したんだ。そしてむりやり連れまわしている。強盗犯が大学教授の令嬢を誘拐、世間ではそういうことになっているからな」
「でもねえリディア、あいつにつかまったら、何をされるかわからないよ。僕の方が無難だと思うけど?」
「強盗のくせに何を言う! ミス・カールトン、その男の言うことを信用してはいけない」
どっちもどっちでしょ。リディアは少しあきれていた。
「レイヴン、こっちだ!」
唐突(とうとつ)にエドガーが叫んだ。ハスクリーたちが身構え、あたりを見回す。
風もなくあたりの木々がざっと音を立てた。と思うと、端のひとりがうっとうなって倒れる。
「くそっ、ひるむな! 相手はひとりだぞ」
「エドガーさま、こちらへ」
いつのまにか、すぐそばにアーミンがいた。エドガーとリディアを招き、狭(せま)い小道へと導く。ハスクリーたちから少し離れたそのとき。
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