《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.1
しなやかな指が彼女の髪にのばされる。
が、わずかも触れることなくそれは離れ、彼は木の葉を一枚つまみ上げていた。
「失礼、風に吹かれてこんなものが」
思わず視線を上げれば、目が合ってしまう。
隙(すき)のない微笑みに、ふと暗い影がひそんでいるような気がして、少女は身震(みぶる)いした。
よく知らない人。たしかにそうだ。
たいそうな名前や身分を持っていても、正しい人か、本当に紳士かどうかなど、彼女にわかるはずもない。
「ロンドンの霧には悪意がある。いったい何人の少年少女が、この霧にのまれて消えてしまったかご存じですか、レディ·ドーリス?」
「い、いいえ」
彼から目を離せないまま、少女は首を横に振った。
「悪意にのまれてしまわぬように、お気をつけて」
馬車は止まっていた。
御者(ぎょしゃ)にドアを開けられ、彼女の屋敷の前だと気づけばほっと胸をなで下ろす。
このまま霧の奥深くへ連れ去られてしまいそうだなどと、ちらりと考えた自分がバカバカしくなった。
けれども、いっそう濃く視界をさえぎりはじめた霧の向こうに、伯爵の馬車が去っていくのを見送れば、あの人の領国は霧の彼方にあるのかもしれないと、ふと思う。
アシェンバート伯爵の正式な名称は、イブラゼル伯爵。
妖精国の領主だと噂されているから。
「ドーリス、どこへ行ってたの? 今の馬車、アシェンバート伯爵がいらっしゃらなかった?」
「ロザリー、ええ、あの……」
門の前で彼女を呼び止めた従姉は、すっかり見ていたのか腹を立てているらしかった。
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