《伯爵与妖精》卷二:小心甜蜜的陷阱第一章1.1
霧の都(みやこ)の闇の向こう
「ずいぶんと霧が出てきましたね」
声をかけられ、緊張しながらうつむいていた少女は、馬車の外に目をやった。
霧が重くたれ込めはじめた街の風景は、うすぼんやりとして幻めいている。
見あげれば、シティの建物群から突き抜けてそびえるセントポール大聖堂は、輪郭(りんかく)がぼやけ、霧の都を見おろす巨人のようだった。
「こんな日は物騒(ぶっそう)な事件が起こりゃすいとか。あなたのようなレディが、ひとりで辻(つじ)馬車を待つには不向きな日ですよ」
少女は遠慮がちに、隣に座る声の主をちらりと見たが、すぐに視線をひざに置いた自分の手へ戻した。
「ええ、本当に。侍女(じじょ)とはぐれて困っていたところでした。ご親切に感謝しています、伯爵(はくしゃく)」
「まあそう、かしこまらないで。きみのようなかわいいお嬢(じょう)さんとご一緒できて、僕は幸運ですよ」
「い、いえ、そんな……」
お世辞(せじ)だとわかっていても胸が高鳴る。内装も立派なこの馬車の持ち主を、内気な少女はまともに見ることさえできなかった。
外国から帰国したばかりの、美貌(びぼう)の青年貴族。遠目でもすぐに目につく鮮やかな金髪と優雅な立ち居振る舞い。洗練された話術で紳士淑女を惹(ひ)きつけ、魅了すると評判の人。
社交界の季節(ザ·シーズン)はまだだというのに、上流階級の娘たちは、ロンドンに来てひと月もたたないらしい彼の噂(うわさ)で持ちきりだ。
そんな伯爵が、会ったことがあるとはいえまともに話をしたこともない少女を覚えていて、なかなか馬車がつかまらなくて困っていたところに通りかかり、家まで送ってくれることになるなんて、想像もできなかった。
チャリティバザーの手伝いは、外に出るのが億劫(おっくう)な彼女には気が進まない役目だった。上流階級の娘にとって、慈善(じぜん)事業にかかわるのは義務のようなもの、一種の花嫁修業だとはわかっているが、人込みで侍女とはぐれ、天候は悪化するし、さんざんな日だと思っていたところだった。
少女は確認するように、またちらりと彼を盗み見る。
ロザリーが妬(や)くかしら、と思うのは、伯爵に一目惚(ひとめぼ)れして積極的に話しかけていた従姉(いとこ)のことを思い出したからだった。
「おとなしいんですね」
顔をあげなくても、彼がやわらかく微笑(ほほえ)んだのがわかる。
「それとも、よく知らない男の馬車に乗ってしまったことを後悔していらっしゃる?」
「まさか……。アシェンバート伯爵はおやさしい紳士だと、みんなおっしゃいますもの」
「噂は、霧のようにどこからともなくわいて消える。誰も本当のことなど知らないし、興味もないのですよ」
不意に彼が身体(からだ)を寄せ、少女は硬直した。
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