《伯爵与妖精》卷二第四章高贵的恶魔4.1
高貴なる悪魔
それはかつて、グラナダ王家が大切にしていた宝物のひとつだったという。
天地創造の神秘の水が閉じこめられているという水入り瑪瑙(めのう)。この水入り瑪瑙に触れた魔物は、結晶の中に取り込まれてしまうという言い伝えにより、持ち主は魔物の害を避けることができる、つまり魔よけの石と信じられていた。
グラナダ王国からイギリスに持ち込まれたいきさつは不明だが、淡い緑の葉脈(ようみゃく)に似た繊細(せんさい)な模様、卵(たまご)ほどの大きさから『妖精の卵』と呼ばれ、より薄く削られた底の部分を光に透かせば、太古の時代に閉じこめられた水の影が見えたという。
「間違いないわ、同じものよね」
目の前の、水入り瑪瑙と見比べながらつぶやき、リディアは書物の続きを目でたどった。
それは長い間、聖オーガスティン大修道院に保管されていたとの記録がある。が、十六世紀に修道院が解体されたおり、慎重に隠されたという。
この瑪瑙にはかつて都(みやこ)を震撼(しんかん)させた悪魔が封じ込められているらしいとわかり、敵国に渡れば、大変なことになると信じられたからだ。
「まあねえ、昔なら悪魔にそれほどの力があるって信じられてたのかもしれないけど」
一説には、王家が保管することになったとも言われている。妥当(だとう)だが残念ながら、現在まで受け継がれているという証拠(しょうこ)はない。
あるいは当初から、物好きな貴族の手に渡ったとも言われている。王家にしろ貴族にしろ、高貴な血筋は魔物も怖れるといった俗説は古くから流布(るふ)していたし、悪魔がひそむ石とて怖れず、めずらしい貴石のひとつと収集し、ひっそりと大切にしている家系があるとしても不思議ではない。
「父さまの文章って、学者にしてはセンチメンタルよね」
本を閉じ、書棚に戻す。この水入り瑪瑙のことを調べるために、急ぎ家へ帰ってきたリディアは、ようやく目当ての記述を見つけたものの、情報はそれだけしかなく、父の書斎(しょさい)で考え込んだ。
目の前にある水入り瑪瑙に、悪魔がひそんでいるのかどうか、眺めていてもわからない。
「ともかく、貴族の家に譲渡(じょうと)されたなら、エドガーの家にあったとしても不思議じゃないわけね」
彼の家に何が起こったのかリディアは知らないけれど、とにかくエドガーはこの石を持ったまま連れ去られ、売られたのではないか。
そのとき、レイヴンの言っていたことがたしかなら、ふたりの妖精の姿を見ている。
あれはたぶん、本物の妖精ではなく、きれいな服を着た女の子がそんなふうに見えただけだろう。本物の妖精なら、ひきかえにした約束をたがえたりしない。
だとしたらこの瑪瑙を受け取った女の子は、今もそれを持っているかもしれず、つまりはロザリーが、そのときの少女かもしれないのだ。
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