《伯爵与妖精》卷二第五章隔着玻璃的爱恋5.4
「本当に助けが必要なのは、あなたじゃないの?」
彼は答えなかった。
「あなた自身がまだ、霧の中にいるのよ。だから、仲間たちが犠牲(ぎせい)になったことを受け入れきれないでいる……。だけど、グレアム卿に復讐したって、あなたが救われるとは思えないわ」
エドガーのかすかなため息を、リディアは感じていた。それがどういう種類のものかはわからなかったけれど。
「小さいままのきみも、悪くないな。いつでもそばに置いておける」
「えっ、あたしはいやよ! おなかはすくし寒いし、身体(からだ)が病気になったらどうするのよ!」
エドガーだったら、このままリディアをペットのようにしてしまうことだってやりかねない。リディアは真剣に抗議した。
「冗談だよ。本当は、冷たいガラス瓶なんかじゃなくて、生身のきみを抱きしめたい気分なんだ。きみに触れて、あたたかさを確かめたい。でもそんなことをしたら、生身のきみは、僕をひっぱたいて逃げ出すんだろうと思っただけ」
そりゃそうよ。
けれど少しだけリディアは、今だけは瓶の中にいる小さな自分でよかったかもしれないと感じていた。
でなければ、おとりにされた憤りをかかえたまま、エドガーのそばになんかいられなかっただろう。
彼がかかえている絶望や悲しみに、こんなふうに触れる機会はなかっただろう。
ガラス瓶ごと抱きかかえられながら、さっきからリディアは、エドガーが泣いているかのようだと感じている。
静かに心の中で、死んだ仲間たちのために復讐しかできない自分を嘆(なげ)いている。
傲慢(ごうまん)で自信家で、弱みなんか死んでも見せないタイプだと思う。悲しそうでも落ちこんで見えても、それすら計算ずくでリディアを振り回す人だ。
今だって、本心なんかわかりはしない。それでも、泣きたがっているのかもしれない彼のそばに、こうして言葉を交わせる距離にいられてよかったような気がしている。
レイヴンの言ったことが引っかかっているからだろうか。
エドガーは誰にも寄りかかれず、ひとりで立っているしかない人だと。だから彼が、戦うために閉じこめるしかなかった弱音や悲しみを、無関係なリディアだからこそ覗(のぞ)き見せることがあるかもしれないけれど、彼の弱いところを嫌わないでくれと、たぶんそう言いたかったのだ。
おとりにされて、危険な目にあっているのに、嫌いになれないなんてお人好しが過ぎるかもしれない。けれど。
ボギービーストの奴に瓶詰(びんづ)めにされた、フェアリードクターとしては間抜けな失敗をしたリディアでも、エドガーが必要に思ってくれて、こうしてそばにいることで少しでも救いになれるのなら、今は素直によかったと思うのだ。
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